第35話 名前

 景品のブーツや靴を見て女性たちは大盛り上がりだった。早く席に戻れとも言えずに眺めていると、よく見る為に靴を脱がされてしまったアンが、悲しそうな顔をしていた。




「アン、ちょっと来て!」




 手招きをすると笑顔に戻りこちらに駆け寄って来る。




「取られないから大丈夫だよ! そういえば、アンは今まで靴は履いたことあるの?」




 アンは首を横に振って否定した。




「そうか~! 新しい靴は慣れるまでこの辺りが擦れて痛いかもね。どうしても痛かったら、お母さんに靴下を作ってもらってね」




 アキレス腱の辺りを指して靴擦れをすることを教えてあげる。今は無理だけどいっその事、明日にでもヒールを教え……いや、時間がないか。う~ん……。




「うん、わかった! 魔女さまありがとう!」




 どうしたら、こんないい子に育つんだろう? アンの頭を撫でて一緒にみんなの所に向かう。




「皆さん、そろそろ次に行きますよ~! 戻って下さ~い!」




 アンも靴を返してもらえたようで、母親と手をつないで笑顔で戻って行った。そして全員が戻ったのを確認してビンゴ大会を再開する。




「お待たせしました。それではリーチの人はお立ち下さい。――結構いますね! ですが……残念ながら次が最後の景品になります」




 広場中から落胆の声が響くが話を続ける。




「最後の景品はこちらです! ジャジャーン! 服の上下セットです!」




 景品を聞き、今日一番の大歓声が巻き起こる。それもそのはずで服一着と一年分の家賃が、ほぼ同額だからである。肝心の見た目の方もみんなが着ている服を参考に作ってみたので、この世界の人が見てもそこまでおかしくはない……と思う。




「女性が当たった場合は、下はスカートにするのでご安心して下さい! では、いきますよ!」




 ゆっくりハンドルをまわし、数字を確認する。




「最後の数字は一番! 一番です!」




「ビ、ビ、ビンゴ!」




 拍手の中こちらに向かってくるのは、トマトのおばあちゃんだった! そういえば、名前なんだっけ?




「おめでとうございます! こちらにいらして下さい! それでは、お名前をよろしいですか?」




 どうやらマイラというらしいが、村の若者たちから驚きの声が聞こえる。




「そんな名前だったのか!」「名前あったの?」「知らなかった!」




 いつも『ばあちゃん』と呼んでいたらしく、若い子は今初めて名前を知ったらしい。まあ、近所のお年寄りの名前は知らなくてもおかしくはないのだが、『名前あったの?』は失礼すぎるだろう。流石に親に頭を殴られていた。




「では、マイラさん! 私について来て下さい!」




 教会の一室で待ってもらい。自分は【秘密の部屋】でまずはサイズ調整をする。風習なのか流行りなのかわからないが、この村の女性たちは頭に布を巻いているので、服に合った色の布も用意する。それを持ってトマトおばあちゃんの元に向かう。




「マイラさん、こちらの服なんですが、まずは試しに着てみて下さい。あとこれは頭に巻く用のスカーフね! 大きさとかも直せるので遠慮なく言ってもらって……。それじゃあ、外で待っているので着れたら呼んで下さい」




 おばあちゃんは着替えぐらい見られても構わないと言ったが、オレが構うので全て渡して部屋の外で待つことにする。しばらくするとオレを呼ぶ声が聞こえた。




「入りますよ~! どうですか?」




「大きさは丁度いいね、でもこんなおばあちゃんが、こんな素敵な洋服を着ていいもんかね?」




「全然いいですよ! 似合ってるし喋らなきゃ、お金持ちの奥様って感じ!」




 驚いた顔のおばあちゃんと見つめ合い、少しの沈黙のあと二人で大笑いする。




「聖女さまも喋らなきゃなんて、ひどい事言うね。笑いすぎてお腹が痛いよ!」




「でも、似合ってるのは本当ですし直すところがなければ、みんなにお披露目に行きましょう」




 広場に戻ると、案の定ファッションチェック隊が陣取っていた。




「「「きゃあ~~素敵~~!」」」「みせて、みせて!」




 おばあちゃんは女性たちに囲まれ、見えなくなった。どうせ時間がかかるだろうから、もう締めの挨拶をして、そのあとに思う存分ファッションチェックしてもらおう。でも何て言おう? この世界の締めの挨拶とかわからないんだけど……。一本締めとかはしないよね? よし! ここはノア様に任せよう。




 ノア様にお願いに行くと、明らかに動揺していたが引き受けてはくれた。広場に声を掛けて、ノア様に注目してもらう。ノア様がオレの行いがどれだけ凄いかを村の人たちに語った事で、挨拶が終わるとみんながオレにお礼を言いにやって来た。褒めてもらう為に挨拶を頼んだ訳ではなかったのだが、無事終わったので良しとしよう。




 片付けも若い村人たちに手伝ってもらい、あっという間に終わった。オレに挨拶を終えると村の人たちはそれぞれの家に帰って行った。それでも、まだ飲みたい人は場所を変えて、ファッションチェックもこの場でもう少し続くらしい。少し話し明日の約束の確認を終えると馬車に日本酒の酒樽を積み、ノア様たちもこの村にある領主屋敷へと帰って行った。領主さまともなると色んな場所に屋敷があるらしい。




「神父さまもシスターも、本当にありがとうございました」




「この村の為にして下さった事ですし、お礼を言うのはこちらの方です」




「みなさん、楽しんでくれていたようなのでホッとしました。わたしはまだやる事があるので、お先に部屋に戻らせて頂きますが、お二人は良かったら残り物で申し訳ありませんがお飲み下さい」




 二人に日本酒が入ったとっくりを渡し、部屋に戻らせてもらった。








 ♦ ♦ ♦ ♦








「だぁ~~~~~! 疲れた~~!」




 【秘密の部屋】に入ると思いっ切り溜息をついた。外面のいいオレは出来るだけ失礼が無いように、言葉遣いもかえて取り繕っている。それが余りに長時間の為、精神的に疲れたのである。




「さて作るだけ作って、風呂に入るか!」




 当初は金属が手に入ってからスプリングを作って、マットやソファーを作ろうと思っていたが、スプリング部分も別に木で作ってもいいのではないかと思い直した。オレが作った物なら、十分な強度が得られるだろう。どっちみち、先に作っておいたベッドとソファーの木枠は【ものづくり】を使うと一旦球体になるんだから意味がなかったな。




 作る物を想像しながら材料を用意する。今日貰った羽毛と動物の毛は一応、浄化しておき、寝返りをうっても落ちない大きさのベッドと、狼の革で作ったソファーを一瞬で作り上げる。そこに助走をつけて飛び込む。




「だぁ~~~~! おっ! 結構いい感じじゃん! 後は歯磨き粉はミントでいいとして、石鹸とシャンプーはどうしようかな?」




 ソファーに横になり考えていると瞼が急に重くなってきた。




「やべっ! 眠い! 早く用意しなきゃ!」




 オレは気力を振り絞り、すべてを作りきったところで力尽き眠りに落ちた。

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