第11回 それぞれの思惑

 ◇神父視点




 ケイ様の起こした奇跡を見て、はるか昔に大司教様にお聞きした話を思い出す。




『神はときおり地上に降り立ち、客人や商人に扮し旅をする。善人には報い、悪人は罰する』




 確か正体を知られたり、捕えようとする者がいると天に戻られてしまうはず。私にできる事はおそばにいられる間は、出来る限りの手助けをするという事だ。引き止めたり、願いを叶えて貰おうなどもってのほかである。すでに目の前に顕現してくださった奇跡に感謝し満足するべきなのだ。シスターにも話そうと思ったが、余計な事をしそうなのでこの事は黙っておくことにしよう。




 それにしても驚かされてしまう。焼き台とテーブルは何処から出したのか、あのカバンに入るわけもなく、聞いてみたくなるが我慢する。しかしなんとも見事な天使の彫刻が施されたテーブルなんだ! 出来れば教会で引き取りたいものだ。――ハッとして首を左右に振る。なんと浅ましい! 人の物、ましてやケイ様の物を欲しがるとは、自分の欲深さに恥ずかしくなる。この年になっても、まだまだ未熟と言う事か……。いや、ケイ様が私の未熟さを教えてくれているのだ。




 私は出来るだけケイ様が言わんとすることを察し、教えを学び取れるように一言一言に神経を集中する。子供たちが笑顔で肉串しを食べる中、ケイ様は肉串しを私たちにも持ってきて勧めて下さいました。その時おっしゃられた『人間は肉を食べないと、力が出ない』という言葉の意味を考えます。




 教会本部の発表によると肉を食べることにより、風邪を引きにくくなった。貧血が減った。また肌荒れ・抜け毛が減ったと言う研究結果が出て、肉を食べることが一部解禁となりました。それが間違いではなかったと確信します。これが神の御言葉、神託と言う物なのか……。まさか私のような者に頂けるとは。




 シスターはケイ様の勧めを断りました。彼女は肉を食するという行為に、かなりの嫌悪感を示します。実際の所、聖書には明確に禁止するとは書かれていません。過去の一部の人間による独自の解釈が多くの人に浸透し、決して正しいとは言えない先入観や思い込みで、肉を食べることが悪いと決め付けているにすぎないのです。今は何を言っても彼女の耳には届かないでしょう。彼女もこれから学んでいき、その事にいつか気付く時が来ればいいのですが。






 ♦ ♦ ♦ ♦






 やはりあれだけの力を持つケイ様の力を利用し、取り込もうとする人間が後を絶たないでしょう。一部の愚か者のせいで天に戻られてしまわれる事態は、避けなければなりません。ましてや、それが同じ教会関係者が原因だったとなれば、目も当てられない。ケイ様には教会への紹介状と言う名の、教会関係者への忠告を書いた手紙を持って行ってもらう必要があるでしょう。そう、利用するのではなく、保護し敬うべき対象なのです。




 ケイ様が向かおうとしているサイラス帝国は現在、教皇と皇帝の対立が起きており、どちらも旗頭になる神聖魔法の使えるケイ様は欲しい所だろう。今の所、教皇が皇帝の任命権を持っているので優勢だが、皇帝がケイ様を取り込むと一気に皇帝側が有利になり、皇帝の任命権どころか聖職者の任命権も奪われ、教会の力が弱まるのは目に見えている。


 


 いかにして、皇帝側に取り込まれないように守り、我々教会側がより良い関係を築けるかが、重要になるでしょう。




 そう考えている矢先に、代官が供を連れてあらわれました。自らの屋敷に泊まらせ恩を売り、領主のレンドール男爵に面会させようと言う魂胆なのでしょう。家令が来る予定が早いので、早馬か何らかの手段で呼んだのだろう。一応ケイ様が教会の庇護下にある事を分からせ、帰らせましたが息子を寄越して監視させる気です。こんな小国の一領主に過ぎない男爵に、ケイ様を守ることが出来るわけがない。




 こちらも早めに対抗策を考えねばなりません。私は取り急ぎ面識のある大司教様に手紙を書くことにしました。










 ♦ ♦ ♦ ♦










 ◇代官視点




 いつものようにお借りしている領主屋敷の一室で、水車の修理代金の一世帯当たりの取り立て分を、計算していると部屋をノックする音がした。




「ロイです! お話ししたい事があります」




 入室の許可を出し話を聞く。先ほど貴族令嬢が一人で村に現れたそうだ。有力貴族の令嬢であれば、助けて保護できれば小さくても領地がもらえ、こんな農民と貴族の板挟みに耐えなくてよくなる。急いでいつもの村役人の二人を呼ぼうとすると、息子がそれを止める。




「お父様、違います!」




 なんでもその令嬢は魔術師で、一人旅をしている途中に通りかかったこの村で、商売をしたいらしい。息子が了承すると、大銀貨一枚分の量の鹿肉を渡してきたそうだ。魔女でも貴族でもないと言っていたが、高価なローブやその他の持ち物で、魔術師や貴族令嬢である事が明らかに分かったそうだ。世間知らずのお嬢様が一人旅? 魔物や盗賊のいるこの世の中で、そんなことが可能なのか? もしそれが本当なら相当な実力者ではないか! たしか領主様が魔術師を客人として呼びたがっていた。




「よし、とりあえず話をしてみよう一階の客間にいるのか?」




 青ざめた顔の息子に問いただす。何度も何度も誘ったが、断わられたので帰ってきたらしい。大方、肉を貰って浮かれて帰って来たのだろう。この無能は誰に似たのだろうか? 溜息を吐き命令をする。




「隣村にいる家令のノア様に伝えてこい!」




 もちろん、使用人を使う権利などないので息子に行かせる。ついでに領主様にも伝えて欲しいことを言付けておく。




 ほどなくして、息子が帰って来た。ノア様は明日には来るそうなので、魔術師を引き留めておくようにとの事だった。多分教会にいるだろうから、もてなす料理と泊める部屋の準備をさせるために息子には先に家に帰らせる。




 いつもの村役人の二人に馬車の準備をさせ教会に向かう。






 ♦ ♦ ♦ ♦ 






 魔術師を呼んでもらうと、明らかに息子よりも年下ぐらいのとても美しい少女があらわれた。確かに息子の言った通り、高級そうなローブを着ていて汚れ一つない。どうにか、我が家に誘おうとしても明らかに乗り気ではなかった。それに加え、いつも温和な神父様にあそこまで感情的になられては帰るほかなかった。どうにか息子をつけることができたが、教会があそこまで肩を持つあの少女は何かある。




 明日、誰でもいいから村へ情報集めに行かせよう。簡単にはこの立場は変わらないようだ。そう思いまた大きな溜息を吐いた。

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