第10話 訪問者

 シスターに相手を聞かされ教会の入口に向かう。悪い事はしていないので平気だよね? なにせ、まだこの世界の価値観とか分らないからな……。




 入口に近づくとアンの両親が土下座をしていて、神父さまが何やら話しかけている。




「――ちょ! シスターこれは……」




 それを見たシスターが、二人のもとへ走って行って話しかける。




「お二人とも、ケイ様をお呼びしました。その体勢ではお話もできませんので、とりあえずお立ち下さい」




 それでも、二人は立ち上がらずに父親の方が喋り出す。




「魔術師さま、娘の耳を治してもらいありがとうございます。しかし私どもには、お返しできる物がありません。この身を奴隷として売りたくとも、それすら叶わないのです」




 え~と、どういう事でしょ~か……。神父さまの方に目をやると説明してくれた。どうやらここの村人たちは、いわゆる農奴で領主の所有物なのだそうだ。この村から出ることはできないし、もちろん自分を奴隷として売ることもできない。人を所有物って、とんでもない世界だな。別にお返しとかいらないし、この重い空気の方がよっぽど嫌なので二人に話しかける。




「私の気まぐれでやった事なので、お返しなどいりませんよ!」




「しかし、それでは……」




 夫婦が顔を見合わせていると、神父が二人に話しかける。




「ケイ様もこう言ってくれてる事だし、どのみち返す当てがないのだから、ここはケイ様のお言葉に甘えなさい」




 結構、身も蓋もない事を言ってるけど、二人は受け入れやすくなったようだ。




「「ありがとうございます! ありがとうございます!」」




 二人は泣きながらオレの手にすがり、何度もお礼を言った。




「お礼はもう充分です! お子さんも待っていることですし、折角、喋れるようになったんですから、早く帰ってお喋りしてあげて下さい」




 お引き取り願おうとして言った言葉が琴線に触れてしまったのか、余計に激しく泣き出してしまう。見かねて二人を立たせ膝の汚れを払ってあげると、またさらに泣いてしまった。大人が号泣する所を、みたことなかったからドン引きだよ。どうすりゃいいんだ……。困っているとまた神父さまが二人に話しかける。




「二人ともその辺にして、ケイ様も充分感謝の気持ちが伝わったとおっしゃっているし、長旅で疲れていらっしゃるから今日の所はもうお帰りなさい」




 またしてもはっきり言ってくれたのだが、その後も疲れているのに時間を取らせてしまった謝罪、さらにまた感謝と一通り聞いてやっとアンの両親は帰って行った。




「ふ~! 神父さま、ありがとうございました」




「いえいえ! 私は大した事はしていませんよ」




 神父さまとシスターは夜の祈りをするそうなので、挨拶をして部屋に戻らせてもらった。




 


  ♦ ♦ ♦ ♦






 精神的に疲れてベッドに座りしばらくボーっとしていたが、ふと気になりシーツをめくってみると藁が敷き詰められていた。う~ん! 流石に自分の部屋のベッドは藁では嫌だな……。まあ、明日あれが届けばベッドとソファは完成するかな。




 それにしても人助けも色んな意味でパワーがいるな。助けてあげたいけど、あそこまで感謝されると経験がないから戸惑うしな……。よく考えたらこの話が広がって領主とか貴族の耳に入って、権力を振りかざされたらレベルもまだ低いし抵抗できないんじゃないか? 奴隷とかにされて無理やり戦争に回復役で連れていかれたりとか? まず権力をものともしない力をつけなくちゃな……。せめて逃げ切るくらいは出来るようになりたい。




 魔法を人前でこれ見よがしに使った事を少し後悔する。だって褒められたいじゃん! 凄いって思われたいじゃん! こっちの世界に来てまで承認欲求に振り回されるのか……。過去の自分を思い出し苦笑いをする。今回は魔法を使ったのがほとんど子供の前だったからセーフとして、今後は魔法の使いどころを少し考えよう。まずこの世界の仕組みをもっと知っていかないとな……。




 今後について思案していると、またノックの音が響く。




「ケイ様、申し訳ありません! またお客様です!」


 


 またアンのご両親か? と考えながらドアを開けシスターに話しかける。




「いえいえ! こちらこそお手数をお掛けします。アンのご両親ですか?」


 


 どうやらこの村の代官が直接来たらしい。うわ~! めんどくせ~! 肉をもっと寄越せとかか? 仕方なくシスターの後を追って教会の入口に向かうと、何人かの部下の男たちを引き連れた小汚い瘦せたオッサンが挨拶をしてきた。




「これはこれは、魔術師さま! このモレト村の村長兼代官をしています、ロイスと申します」




 その後も肉のお礼と、心にもないお世辞を長々と喋っているおっさんを見ながら、代官でも風呂に入れないのだろうか? こんなに痩せるほど食えないのか? とか考えながらボーっと聞いていた。




「ケイ様?」




 神父さまの声で我に返る。言いたいことを言い終えたのか、こちらの反応を待っている代官に気づき慌てて話す。




「こちらこそ、わざわざお越しいただきありがとうございます。初めましてケイ・フェネックと申します。行商人が来るまで滞在させて頂こうと考えていますので、よろしくお願いします」




「それでは外に馬車もご用意してありますので、今から我が家に参りましょう。明日には、この領の家令も来ると思いますので」




 え~っ! 来るから何なんだ? とてつもなく行きたくないです。どうしよう……。




「代官さま、ケイ様はお疲れのようですし、滞在期間は教会に泊まられる予定です。ケイ様の意に反する行いは、教会勢力のすべてを敵に回すことになりますぞ!」




 何か神父さまが助け船を出してくれたけど、大ごとと言うか険悪な感じなのは気のせいでしょうか……。




「神父さま、な、何をおっしゃっているんですか、魔術師さまや貴族さまをおもてなしするのは、代官の務めではないですか?」




 代官がそう言うと神父さまがすかさず返す。




「いままで、教会がすべて対応していたと記憶していますが」




 ちょっと何これ? バチバチじゃないですか。




「我々としては、教会ともめる気は一切ございません。私としましては、代官の職務をですね――」




 後半は小さくて聞こえなかった。




「そ、それではですね。魔術師さまがこちらに泊まりたくなったら、いつでもお越し下さい。ご馳走を用意してお待ちしておりますので」




 代官はしどろもどろになりながらそう伝え、息子のロイを朝から来させるので、従者でも何でも使ってくれとの事だった。流石に教会と揉めるのはマズいと思ったのか早々に帰って行った。




「神父さま、度々ありがとうございます!」




「いえいえ! しかし旅の話を聞きたいとか、何かと理由を付けて領主の館に呼ぼうとするでしょうが、嫌な場合は私どもがお力をお貸しいたしますので、何時でもおっしゃって下さい」




 どういうこと? 話ぐらいは別にいいけどね。神父さまの真意が、ちょっと分からないけど挨拶をして部屋に戻った。

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