第7話 シスターリリー

 

 シスターリリー視点です。  


 ♦ ♦ ♦ ♦


 今日もいつもと変わらない一日が始まります。朝の祈りに始まり、黙祷、聖なる読書、ミサ、そして農作業すべて、神の御言葉を、神託を頂けるようになれると思えば、少しでも神のお力になれればと思えば決して苦とは思いません。しかし信仰が足りないのか、未だに神の御言葉をお聞きすることは出来ておりません。




 そもそも食事も野菜と豆を中心に四足獣の肉を禁止されていましたが、一部の敬虔な信徒以外は一年の三分の一だけ食べない期間を作っただけで、ほぼ食べるようになってきています。自分たちの都合のいいように神の教えを解釈する教会組織に疑問が湧いてきました。ここの神父さまもその一人なのですが……。




 私は最初の教えを守り、これからも肉を口にする事はないでしょう。しかし、そんな不敬を働く彼らの中に、最近、神託を受けた者がいると噂に聞きます。私は決して信じる事ができません。それが本当なら教えを守っている私は、何を信じればよいのか……。




 それからしばらく畑仕事をし、ひと段落したので教会に戻ります。私も神聖魔法が使えたら、畑に祝福をかけ沢山収穫できた作物を村の人に分けてあげられるのに……。――そう考え頭を横に振る。祝福はこの国でも、過去に歴代の大司教様の中の数名しか発現させていないと聞きます。ましてや魔法も使えない私ができるわけもなく。また自分の無力さを悔しく思います。




 教会に戻ると、村の子供たちが沢山来ていました。読み書き教室の日をまた間違えたのかと思い話しかけていると、高級なローブとマントに身を包んだ美しい少女が、神父と話をしていました。貴族のご令嬢だと思い急いで謝罪をすると、彼女は貴族とは到底思えない腰の低さで許してくれました。




 名前を聞くとケイ・フェネック様というそうです。家名を持っておられるので、やはり貴族のご令嬢のようです。一人で旅をしていて、帝国都市に行きたいそうです。




 従者がいない所をみると、何かに襲われたり事件に巻き込まれたかと心配になりましたが、魔法が使えるらしく平気だそうです。人を羨むのは神の教えに反しますが、一人旅ができるほどの魔法を神から授かる彼女を羨ましく思ってしまいました。




 もっと詳しく話を聞きたいと思い飲み物を持ってくると、神父さまが鹿の肉を渡してきました。病の者や貧困者に与えると言われれば、従うしかありません。嫌な顔をしているのをお客様にバレないように席を立ちます。




 味付けと保存期間を延ばす為に、干す前に塩漬けにしておく必要があります。そういえば、この鹿肉はどうしたのでしょう? この村ではめったに肉は手に入らないはずなのですが……。




 作業が終わり、みんなのいる部屋に戻るとケイ様が優しい顔でアンの前にしゃがみ込み何か話していたようでした。何事かと聞くと、アンの耳を治したいとおっしゃいました。私が思わず神父さまの方に目をやると、神父さまと目が合いました。どうやら同じことを考えているようです。神父さまも私も神聖魔法は使えませんし、出来るとしたら大司教様か高位の魔術師様しか無理でしょう。それでも必ず出来るとは限りません。もし呼べたとしても多額の寄付金が必要でしょう。




 また自分の無力さがのしかかってきます。そうしてる内にケイ様は、子供たちに力を貸して欲しいとお願いするのでした。貴族が命令する所しか見たことがない私にはとても新鮮に思えました。それに子供たちも大きな声で返事をして、神の像に向かって祈り始めました。友の為に見返りを求めず必死に祈るこの子供たちは、現在の教会組織が忘れてしまった物なのではないのか……目頭が熱くなります。




 その時です。ケイ様を中心に全員の体が輝き始め、力が沸き上がるのを感じます。驚いていると神父さまがケイ様に尋ねました。 




「ケイ様もしや神聖魔法を……」




 それにケイ様は答えませんでした。でも確かに聞いたことがあります。神聖魔法は祈りによって力を与えられると、私も神父さまも跪き一緒に祈り始めました。すると、さらに体が光り輝き、全員の体を暖かい光の膜が包んでいきました。これが、この体で感じるものこそが、神の御言葉なのではないだろうか。私は感動で溢れる涙を止める事が出来ませんでした。


 


「天にまします我らの神よ! どうか我らの願いを聞き届け、未来あるこの少女に神々のお声をお聞かせください」




 ケイ様の言葉と共に、辺りが目が開けていられないほど強い光に包まれる。この祈りの言葉は我がアズール教のものではありません。一体ケイ様は何者なのでしょうか? 光が収まり全員の目がアンに注がれます。




 最初は心配しましたが、アンはウィルを許すために声を発したのです。あの二人にそんなことがあったなんて、気付いてあげられなかった自分を恥じました。




 子供たちが抱き合って泣いている中、アンがケイ様に抱きついて泣いています。私もあれだけ泣いたのに、一向に涙は止まる気がしませんでした。




「ありがとう! 魔女さま!」




「いや! 魔女じゃないから」




 私の中でケイ様は羨む対象ではなく、もはや崇拝の対象に代わっていました。まさに聖女さまのようです! あの帝都にいる偽物ではなく……。おもわず呟く。




「……聖女さま」




 ――部屋には、子供たちの泣き声が響いていた。

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