第6話 私が聖女? いいえ、そもそも男です

 神父様と話をしていると、扉が開き一人のシスターが部屋に入ってくる。




「あらあら、今日は随分賑やかね。みんな読み書きの教室は今日じゃないでしょ?」




 シスターはオレに気が付くと慌てて謝罪をしてくる。




「お客様がいらっしゃっていたのですね。申し訳ありません。失礼いたしました」




「いえいえ! 突然押し掛けた私がいけないのです。こちらこそ失礼いたしました。初めまして、ケイ・フェネックと申します」




 シスターの名前はリリーだそうだ。畑仕事を終えて戻った所らしい。




 シスターリリーは飲み物を持ってきてそのまま話に混ざろうとしてきたが、神父に鹿肉を渡されシブシブ塩漬けにする為に席を立った。持ってきてくれた飲み物は、吐き出しそうになったが中身は水で薄めたワインだった。アル中のシスターかと思ったが、子供もこのワインを飲むことがあるんだとか。どうやら水は腹をこわす為、めったに飲まないらしい。




 話を聞いてみると、この世界の人は狼の肉も食べる事が分かった。貴族はもちろん食べないが……。部屋から持ってきたいが、人が多すぎるしな。トイレに行くふりをして部屋を出すことにする。外の畑側にあるそうなので、行こうとすると帽子を被った女の子も付いて来ようとする。




「あっ! 用を足しに行ってくるから待っててね!」




 無言で首を横にビュンビュン振る。




「お名前は、何て言うの?」




 なだめようとして名前を聞くと、その問いに神父が答える。




「……ケイ様、そのは喋れないのです」


 


 どうやら昔は普通に喋れていたようだ。高熱を出した後、徐々に耳が聞こえなくなって、今はもうほとんど聞こえていないらしい。喋りが拙くなったのを馬鹿にされ、まったく喋らなくなってしまったそうだ。




 それを聞き少女を鑑定してみると、聴神経の部分に良性の腫瘍ができてるようだ。名前はアン。そして神聖魔法Lv1……そうか自分じゃ気付けないもんな。ある程度ゆっくり喋ると、口の動きでわかるそうなので、彼女の前にしゃがみ聞いてみる。




「アン! 私を信じてくれない? あなたの耳を治してあげたいんだ……」




 アンは少し考えた後、コクリとうなずいた。




「なぜ彼女の名前を?」




 神父さまの問いに答えずにいると静かに話し出した。




「ケイ様、私たちもそう思ってはいますが、最上級の回復魔法を使える者は数名しかおりませんし、ハイヒールでも難しいかもしれません。それに使える人物を呼ぶには多額の寄付金が……」




 神父さまの声が小さくなって行く。――結局金なのか!




 そこにシスターリリーが帰ってくる。




「肉の塩漬け終わりました。ん? どうしました?」




「アンの耳を治してあげたいと思いまして」




 神父とシスターが顔を見合わせる。




 正直一瞬で治せると思うが、ふと昔読んだ雑誌の内容を思い出す――すぐにできるけど有難味が出ないので、時間をかけてスプーンを曲げていたと……。




 何故、インチキマジシャンの記事を思い出したのかは分からないが、確かにそうかもしれない。一瞬で、はい! 治しましたと言われて誰が信じるのか。あんな一瞬で治るわけない! と詐欺師扱いされるかもしれないし、折角治ったのに本当は治っていないのでは? と不安が続いてしまうのも可哀想である。




 そこで、アンの耳を治すのを手伝って欲しいと他の子供たちを呼ぶ。全員が快く引き受けてくれた。まず一緒に祈って欲しいとお願いする。みんなが手を合わせ一生懸命祈っている。アンも一緒に祈っている。そこに神聖魔法の祈りを全員にかける。するとそこにいる全員の体が輝く。




「ケイ様! もしや神聖魔法を……」




 神父とシスターは、最初は唖然としてこの光景を眺めていたが一緒に祈り始める。




 さらに加護をかける。さらに全員の体が光り輝き光の膜が体を包む。




「天にまします我らの神よ! どうか我らの願いを聞き届け、未来あるこの少女に神々のお声をお聞かせください」




 光魔法で周りを照らす。悲鳴も聞こえたが聞こえなかったことにして、心の中でエクストラヒールと唱える。




 みんなが、それぞれ何かを感じてアンをみていた。




「アンどうだい? みんなが手伝ってくれたから、絶対に成功してるはずだけど」




「…………」




「久しぶりにしゃべるんだから、うまく喋れなくても誰も笑わないよ」




「…………」




 そこでヤンチャそうな男の子が喋りだす。




「俺が悪いんだ! 昔変な喋り方だって、ずっといじめてたから……それから喋れなくなってから耳が悪いって知って、ずっと謝りたいと思ってて……だから今日は治るように一生懸命お祈りしたから……あの時はごめんな……」




「…………いつも荷物持ってくれたり、色々助けてくれてたし、もうとっくに気にしていないよ」




 緊張して声が震えていたが、普通に喋れているし鑑定でも完治している。多少過剰演出気味ではあったが良しとしよう。


 


 アンが治った事を知り、次々に子供たちが泣き始める。そんな中、アンがそっとお友達の手をはなし、こちらに凄い勢いで駆け寄りオレに抱きつく。




「ありがとう! 魔女さま!」




「いや! 魔女じゃないから」




 後ろで泣いてるシスターがポツリと呟く。




「……聖女さま」




「――いや! そもそも男だから」




 すかさず叫んだ声は、周りの泣き声や興奮して喋っている声にかき消され、誰にも聞こえていなかった……。


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