第64話 反応するモノ

「羽月さん、力持ちですね?」


 耳から口を放した植坂は頬ずりをしながら言ってくる。正直マジでまずい。さっきまでの余裕が完全になくなってる。賢者タイムだった冷静さがどこかへ吹き飛んだように意識とは別に足が動く。

 俺には持ち得ないはずの筋肉が植坂をしっかりと抱いたまま、太ももの上に植坂がまたがる状態でソファーに腰を下ろした。


「えらいですね、羽月さん。この後は私がしっかりとご奉仕してあげますよ?」

「……がう」

「どうしました?」

「……ちがう!!何してんだ俺の体は!?」

「いきなりどうしたんですか?これからですよ」

「これからな訳ないだろ!離れろ!」


 突然として俺の理性が戻り、体の動きを止めさせた理由。それは視界の端にある写真立てのおかげだ。前に植坂に見せた俺とかおちゃんのツーショット写真。俺はそのおかげで理性が戻った。

 そうだよな。かおちゃんという結婚の約束をしてる人がいるのにこんな欲情で男を誘うような女とやったらだめだよな!そうだよな!!


「なんで本能に身を委ねないのですか!」

「前にも言ったろ!小さい頃に結婚の約束をしたんだって!」

「二股だと思ってるから罪悪感を感じてるんですよね!?」

「二股じゃなくても嫌だよ!」


 耳元から顔を放した植坂と目を見合って言い合う俺は、再度植坂を押しのけようと努める。

 このまま本能に身を任せてたら絶対に初めてが奪われてたぞ!色んな意味で!ありがとうかおちゃん!


「もし私がその子だと言ったらどうするんですか!?」

「それは絶対ない!」

「なんでですか!」

「まず雰囲気が違う。確かに小さい頃も積極的ではあったけど、欲情を誘うようなことはしなかった。そして髪は短かった」

「いきなり素に戻らないでくださいよ!変なオタクみたいで気持ち悪いです!て言いますか、髪は伸びますよ!!」

「でも植坂だけは違う!」

「やっぱりの反応でよかったです!!」


 いきなり素でかおちゃんの事を説明したら気持ち悪いと言われてしまった。だが、植坂とは比べ物にならないほどの可愛さを兼ね備えているかおちゃんと一緒にしないで欲しい。


「てか、さっさと降りろよ!」

「やです!」


 俺の全筋肉を使って植坂を押し、植坂はそれに耐えるように再度俺の肩に顔を乗せてギュッと俺を抱きしめてきた。

 毎回近づくたびにシャンプーの匂いとか女性特有の匂いとかが鼻を突き抜けるんだよ!やめてくれ!!

 そんな気持ちを秘めた最後の一撃……と言っていいほどの力を振り絞った俺は植坂を体から引き離そうとする。


「色々と限界だから離れてくれ……!!」

「なら、私にその色々を押し付けてくださいよ……!!」


 歯を食いしばりながら言い合う俺たちは更に力を入れる。数秒間の攻防戦があった後、俺の力が限界に達してほんの少しだけ腕の力が抜けた時だった。肩にあった重みがなくなり、力を籠めるために瞑っていた目をうっすらと開けると肩にあったはずの植坂の顔が目の前にあった。

 ――その瞬間、何かに耐えられなくなったような表情を見せる植坂が顔を近づけてきて、


「……ん!?!」

「ぅん……あ……」


 唇に柔らかいモノが確かに当たった。というよりも、植坂に当てられた。若干舌を入れられたからか、植坂と俺の唇の間には糸のようなモノが垂れる。

 いきなりのことに思考が追い付かないままでいると、植坂はもう一度唇を重ねてくる。

 今度は若干などではなく、俺の顎を手で支えながら強引に舌を入れてくる。まるで理性を失ったかのように、顎を支えていた手を頬を捕まえるようにして何度も舌を入れてくる植坂。

 頭がしびれるような……いや、心地いいような……。分からない感情が頭をグルグルと周り、ただ植坂の思い通りにされ続ける。


「植……坂……」


 息ができるタイミングで名前を呼ぶが相手からの反応はない。もう理性が……腕に力が入らない……。なんか色々と反応して男としての本能が……。

 あーもうやばい。名前呼んでも反応せずにキスし続けるってことは、いいってことだよな。いや、ずっと前からいいって言ってるよな。……そうだよな。いいよな。


 太ももの上に座る植坂の腰に左腕を回し、植坂の頭を鷲掴みにした。そしてどこから湧き上がってきたのか分からない筋肉で植坂を持ち上げ、キスしたままソファーの上に倒す。


「羽月……さん?」


 先ほど俺がしたように息継ぎのタイミングで俺の名前を呼ぶ植坂だが、もう理性が飛んでいる俺にはそんな言葉なんて届かない。植坂の上に股がる俺は今度は俺がリードするように舌を入れる。

 いきなりの立場逆転に最初こそは驚いていた植坂だったが、数十秒にもなるキスをしている間に目からは驚きは消えて背中に手を回してくる。


「やっと……私の気持ちに、答えてくれるのですね?」

「…………」


 植坂が腰に手を回した後も数秒間キスを続けた後、顔を放して目を見つめ合う。

 今言った言葉に返事が欲しいのか、物欲しそうな目でとろける顔を向けてくるが答えられない。答えられないというより、答えたくない。

 言葉にしたらやばいって誰かが言っている。けど、このような行為を止めることは本能が許してくれない。ただ快楽に浸かり、ただ植坂に欲望をぶつける。


「羽月さん……?続けないの……?」

「……似てる」

「似てる……?」

「かおちゃんに、似てる気がする……」


 欲望に浸る理性が一瞬戻った不意に思った事。ソファーに倒れ前髪が上がり、おでこまで顔全体が見える。それに、キスを返してくれたからかとけている表情には薄っすらと満足している部分も見え、その表情はハグした後にかおちゃんが浮かべた表情に似ている。


「もしかして、私のことを思い出してくれたのですか?」

「似てる……のか?」


 かおちゃんのことを思い出したからか、それともロリコンとかペドとかを頭の中にいるかおちゃん――かおちゃんの仮面をつけた自分――に言われたからか、理性が戻るのを感じる。戻る理性につれ、今まで自分がしていたことも頭に入ってきて――


「羽月さん?」

「――なにしてんだ……?俺は」


 俺の様子にきょとんと首を傾げる植坂を見ながら言葉を口にする。まじでなにしてんだ俺は。キスしたのか?植坂に?本能に身を任せて?


「え……っと、も、もう一度キスします?」

「俺今若干の賢者タイム……」

「ダメです。今賢者タイムに入られたら絶対に続き出来ません」

「いや……今自分がしたことが衝撃的過ぎて、賢者タイムにならざるを得ないという状況……」

「そんなの考えずに、キスしましょ?ね?」

「一回、一回だけでいいから落ち着こう」

「一回と言わず何回も入れていいですから」

「話が噛み合ってないぞ?」


 ……こいつがバカでよかった。頭のねじが外れている言葉を返してくれたおかげで完全に素に戻った。

 俺はたった今、目の前の「うー」っと唇を差し出している植坂、またの名を痴女とキスをしていたんだ。それも本能に任せて。


「ほーら。さっきみたいに積極的に来てください」

「行くかこの痴女が」

「ち、痴女ですって……!?私がですか!?」

「おめー以外に誰がいるんだよ」


 まるでさっきまでキスし合っていたのが嘘のようにいつもの調子に戻った俺は植坂の上から退き、ソファーに座り直す。

 賢者タイムだからか、別に恥ずかしさとか苦しさとかはない。気持ちよかったのも事実だし、俺が本能に負けたせいでもあるからな。でも、こいつに一発だけデコピンをさせてくれ。


「――痛っ。ぼ、暴力ですか!?」

「俺を襲った罰と、俺のファーストキスを奪った罰」


 植坂も起き上がり、おでこを抑えて涙目で俺を見上げてくる。そんな目をしたって無駄だ。さっきも言ったけど、俺は最強の賢者タイムだぞ。


「羽月さんも私のことを求めて来たじゃないですか……!」

「理性が飛んだから仕方ない。けど、確かに求めた。正直なところ気持ちよかった」

「ならもう一回――」

「――するかバカ。二度としねーよ」

「なんでですか!気持ちよかったならもう一度しましょうよ!」

「しねーよ」


 また襲われかねないと思った俺はソファーから腰を上げ、植坂の手を握って立ち上がらせる。また下手なことをされて理性を飛ばされてしまったら元も子もないからな。


 そう思って立ち上がらせたのだが、手を繋がれた植坂は何を勘違いしてるのか若干頬を赤らめて素直に俺についてくる。が、そんな余裕は一瞬で遥か彼方へと消えてしまった。


「は、羽月さん!?そっちはベッドルームじゃなくて、玄関です!!」

「分かってるよ」

「玄関でするのが好きなんですか!?てっきりベッドの上でじっくりするのが好きなのかと……!」

「どこで仕入れたその情報……。いやまぁ今はそんなこといいか。さっさと帰れ」

「やです!帰りたくないです!もっと羽月さんとキスをして、お互いに求め合いたいです!」

「こっちがやですだよ。俺は植坂と求め合いたくない」

「なんでですか!」


 いやいやいやと首を振る植坂を強引に玄関まで連れて行き、靴を履かせる。そして俺は当然のように扉を開き、手を離して植坂を追い出した。


「まず付き合ってないからな」

「じゃあ付き合いましょうよ!今までこの言葉は言ってませんでしたね!好きです!付き合ってください!!」

「ごめん無理。じゃあまたいつか出会わないことを願うよ。この先俺が生きていく人生でずっと」

「やです!!私は生きていく人生でずっと一緒がいいです!」

「ごめん無理。ってことでさようなら。ちゃんと飯食って寝ろよー」


 最後のお別れと言わんばかりに軽く手を振った俺は扉を閉める。未だに植坂が何かを言っていた気もするが、耳の機能をシャットダウンさせた俺には届くことはなく、玄関を後にした。


 お持ち帰りを要求された時点で告白されたようなものだけど、確かに直接付き合ってくださいとは言われなかったな。けどまぁどのみち植坂とは付き合う気はない。


 静かになった部屋を見渡した後、賢者タイムなのにもかかわらず反応しているモノを阻止するために俺は水風呂に入るのだった。

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ワクドナルドの女店員にスマイルのお持ち帰りを要求されるんだが? せにな @senina

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