第54話 デュエット
「あれ、もう18時か」
「ほんとだ。あ、てか春樹たちどうなったんだ?」
「あ」
カラオケに夢中になりすぎて完全に忘れてた。
そういえば俺たち、春樹の様子を見に来たんだった。
流石にヒートアップしすぎたな――って違う!春樹の様子を見に行かないといけないんだ。
「なにぐでってんだよ斗羽!春樹見に行くぞ!」
「いるのか?あれから2時間ぐらい経ってるけど」
「多分、いやきっと、絶対とは言い切れないが多分いるはず!」
確証は持てないが、隣の部屋からほんの少しだけ音が聞こえる。
もし入れ替わってないのなら、絶対春樹はいるはずだ。
なんて推測をした俺は斗羽とカラオケボックスから音もなく出て、そっと春樹がいるであろうボックスを覗き見る。
これで春樹じゃなかった時の気まずさは考えたくないけど、確認のためだ。致し方ない。
「あーいた。よかった」
「……二人で歌ってるじゃん。いいな」
俺が安堵する隣では嫉妬の眼差しを向ける斗羽。
「羨ましいのか?」
「あたりめーだろ。俺だって青春してーよ」
「俺と一緒にデュエっとするか?」
「女子と歌うからいいんだよ。おめーみたいな男臭いやつと歌って何がいいんだよ」
「……言いすぎじゃね?」
「そんなことはない」
俺の下にいる斗羽に睨みを効かせるが、こっちも見ずに答える斗羽に一つデコピンを入れてやった。
どうせ歌の点数で負けた腹いせでもしてるのだろう。本音で言ってたらデコピンどころでは済まないが。
「……春樹は居たの確認できたけど、斗羽はどうする?」
「俺もう歌いたくないぞ?自分の美声を聞くのも飽きたしな」
「俺より点数下のやつが何言ってんだよ」
「そこ、黙りな」
「事実を述べただけだぞ」
「事実というのは時に人を傷つけるのだ」
「知ってる」
「知っててやってるなら尚更たちわりーな」
なんてしょうもない会話をしながら俺たちは元いたカラオケボックスへと戻る。
春樹たちの歌声を扉の前で聞いてみた感想としては、ただただ上手いの一言に限る。
春樹が上手いというのは知っていたが、まさか後輩ちゃんも上手いとは思っていなかった。
「なぁ裕翔よ」
「なんだい?」
「裕翔の彼女ちゃんは歌上手いのかい?」
「彼女じゃねーよ。歌聞いたことないし」
「耳たぶ噛んだのに?」
「うぅ……!折角忘れてたのに……!!」
「わざわざマイクに入れて苦しむんじゃないよ」
前かがみになる時に机からマイクを拾い取った俺はわざとらしく苦しむ。
折角忘れて気持ちよく歌ってたのに、こいつは悪魔か!
「そんなに植坂さんのこと嫌いなのかー?」
「嫌い……ってことはないけど、苦手意識はある」
「なぜに苦手意識?」
「無駄に積極的だからかな。あとうるさい」
「……なるほど。普段の植坂さんからは想像できないな」
「あいつ、普段はどんな感じなんだ?」
「普段はもう、大人しくて、物静かで、誰に対しても優しくて、どこを取っても完ぺきな女子だよ」
「っけ、みんな騙されてるぜ」
これで斗羽が言う植坂が本性なら、あいつはぶっ飛んでる。
俺に見せる姿が本性じゃなく、学校の大人しい方が本性なら本当に意味が分からんくなる。
もしそうだった場合は、二度と話す気はないし、来夏に秘密のことを聞いてやる。
「相当植坂さんに恨みがあるようで……」
「あたりめーだろ。ないわけがない」
「さいですか」
斗羽は俺の恨みが羨ましいと思ってるのか、目を細めてこっちを見てくる。
そんな斗羽を無視して、俺は再度タブレットを突いて曲を入れる。
「斗羽。デュエットするぞ」
「えー?さっき断ったじゃん」
「植坂のことを思い出させた罰だ。斗羽は女性パートな」
「きっつ!」
もう一つのマイクを斗羽に渡した俺は曲を予約してテレビの方へと向いた。
斗羽は嫌々ながらも……いや、割と嬉しそうにマイクを受け取ってくれ、俺と同じようにテレビの方を向く。
「斗羽は95点の美声についてこれるかな?」
「男の女性パートに何を求めてるんだよ。ついていけるに決まってるだろ」
「ついて来てみろー」
気分を取り戻すように斗羽を煽り、斗羽は斗羽で自分のハードルを上げてくる。
この曲の女性パートはかなり音程が高いから難しいと思うけど、本当に行けるのか?
なんてことを考えていると前奏が始まり、まずは俺が歌い始めた。
ふんふんと、隣の斗羽は「上手いじゃん」と認めるように声をかけてくれるが、なにも嬉しくはない。
めちゃくちゃ棒読みだし、適当に言ってくるからな。
男性パートが終わり、女性パートに入ると――
「――あははは……おま、斗羽、裏声汚、すぎな!」
音程外しまくりの斗羽の歌声を聞いた俺は笑いを抑えることができず、一緒に歌う所も笑いのせいで音程がぐちゃぐちゃになってしまった。
その間も斗羽は真面目に歌っていたつもりなのか、汚い裏声で頑張っていた。
点数は言わずとも低く、斗羽は再度目を細めて俺を見つめてくる。
「なーに笑ってるんだよ!俺は真面目に歌ったぞ!」
「あれが、真面目って……まじ、かよ」
「まだ笑うかこの野郎」
一頻り笑えば植坂のことなど一時だけは忘れることができ、俺たちはまたもやデュエットをすることになった。
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