第55話 負け犬Bくん
そんなことを繰り返しているうちにあれから一時間が経ち、スマホのロック画面には19時と書かれていた。
「春樹たち、いつまでいるつもりなんだ?」
と、疲れ果てた俺は言う。
疲れているのは俺だけではなく、斗羽も同じようで、両人差し指で俺を指しながら「それな」と言ってくる。
「あの二人、相当歌うの好きだよな」
「それな」
「趣味が合ったらカラオケも楽しいだろうな」
「それな」
「便利だからって多用するな」
「便利なものは多用するに限るぞ」
「さいですかー」
斗羽にそう言いながら机の上に置かれたマイクとタブレットを見るが、もう歌う気力は残っておらず、ドリンクバーで注いできたジュースをちびちびと飲む。
その瞬間、廊下からガチャッという音が鳴り、隣の部屋から微かに聞こえてきたはずの音楽が鳴っていないことに気が付く。
「これ、絶対春樹だな」
「まじ?裕翔の勘違いじゃね?」
「絶対あってる。違ってたら金全部払うわ」
「よし乗った。もし春樹だったら俺が払う」
「いい度胸じゃないか斗羽くんやい」
「俺が勝てない時なんてない!」
そんな言葉を聞いた俺は廊下に出て、チラッと春樹たちがいた部屋を見る。
「で?勝てない時があるのか?」
「なるほど。パワーだけでは勝てない時もあるんだな」
「逆にパワーで勝てると思ったのかよ」
「思った」
「なら相当な脳筋だな」
カラオケボックスに戻り、荷物を持った俺と斗羽は近くに春樹たちがいないことを確認しながらレジへと向かおうとする。
ササっとレジ前の壁に隠れ、現在会計をしている人たちを見ると、
「ほほーん。春樹も男らしいことができるんだな」
「それな。自分から進んで後輩ちゃんの分のお会計も出すとはな」
「あれがモテる秘訣か」
「今度植坂さんにやってみたら?」
「絶対やらねーよ」
あんなやつに払ってたまるか。
俺は別にモテたくもないし、進んでモテるようなこともしたくない。
「裕翔って地味に顔がいいからモテると思うけどな」
「地味ってなんだよ」
「中の上の上の中の下ぐらいの顔してる」
「分からん分からん」
「即ち中の上ってことさ。俺よりは下だけど」
「その割にはモテてないな」
「うるせー」
斗羽に煽られるが春樹とは違い、こいつは全くといっていいほどモテないからなにも傷つかない。
そしてその春樹がカラオケを出て、右に歩いて行ったことを確認してからレジへと向かう。
途中で煽り返すように鼻を鳴らすのを忘れずにだ。
「なぜこんな性格悪いやつに女子が寄ってくるんだよ……!」
「分かる奴には分かるオーラじゃね?彼女要らんからそんなオーラ今すぐにでも捨てたいけど」
「なら俺にくれ」
店員に言われた金額見た――俺との勝負に負けた――斗羽が鞄から財布を取り出す。
「こう見ると、勝者っていいものだな」
「たかがあんなことでイキってんじゃねーよ」
「負け犬Bくんが鳴くんじゃない。見苦しいだろ。さっさと払いな」
「くっそ……!物理なら勝てるのに……!」
物理で戦ってたまるかよ。なんてことを言ったらまた話が長引きそうだったので堪え、見苦しく財布からお金を取り出す斗羽を見下ろすのだった。
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