第50話 いいやつ
帰りのHRが終わり、俺の心を蝕んでいた苦しみは大分落ち着いてきた。
けど、当たり前だが罪悪感は拭えない。ごめん、かおちゃん。
「裕翔?大丈夫?」
「大丈夫……だけど、うん。だけどまぁ、大丈夫」
「……絶対あの子と何かあったじゃん」
俺には聞こえないように何かを言った来夏は、廊下に誰かがいないことを確かめるために一瞥していた。
まぁ多分、植坂を探しているのだろう。
昨日の雰囲気と今の雰囲気が似てるし、なんとなく分かる。
「おーい裕翔。元気ないなー?」
「……分かってるならそのテンションで来るな」
「やっぱり、暗いやつにはこのテンションだと思ってな―」
「そか……。それで、春樹は……って聞くまでもないか」
「うん。後輩の女の子とどっか行ってたよ」
「付き合ってるんじゃね?」
「どうだろう?付き合ってそうだけどね」
春樹に比べて、斗羽は女っけないな。なんてことを言ったら怒られるだろうか。
まぁ怒られるか。
自分で言っては悪いが、俺には植坂が寄り付いてるし、春樹にはその後輩ちゃんとやらが付いている。
その中にただ一人、女の姿が1つも見えないのだから、斗羽自身も気にしてるだろうしな。
「今日は一緒に帰れる?」
と、1人では帰りたくないように斗羽は言ってくる。
今日の放課後は特に用事はないし、俺は一つ頷いて鞄に荷物を詰めた。
「帰れるよ」
「帰れるの?」
「……なんで意外そうな目を向けるんだよ」
「てっきり植坂さんと一緒に帰るのかと」
「うっ、今はその名前を出さないでくれ……!」
「え、どうしたの?」
鞄に荷物を詰めるのをやめ、苦しそうに左胸を抑えて言う俺に、ガチ目の方の心配をしてくれる斗羽は本当にいいやつだ。
「いや、そこまで心配されるようなことじゃないんだけど、少し色々あった」
「本当に大丈夫か?なにかされたら、学園のアイドルだろうが容赦しないぞ?」
「本当に大丈夫。そこまでのことはしなくていい」
「そうか?」
「そうだ」
俺が大げさにしすぎたのにも落ち度はあるし、学園のアイドルをボコボコにしたという噂が流れたら斗羽が心配になる。
友達思いですっごくいいやつなんだが、限度というものもある。
「そういうことだから、帰ろうぜ」
「おーう。何かあったらちゃんと言えよー?」
「俺の身に何かが起こりそうだったらちゃんと言うから、そこだけは安心してくれ」
「なら安心だ」
鞄を肩掛け、教室の扉をくぐりながらそんな会話をする。
正直、今まで出会ってきた中で一番心強い人物がこの一城斗羽だ。
本当に噂の話だが、今もなお柔道をしていたら黒帯に行ってたとかなんだとか。
俺にすげー護衛がいるから、どこに行こうがあまり怖くない。
「それでだけど、保健室で植坂さんと何かあった?」
「……いやまぁ、拘束されたから強引に離れただけ?だな」
「疑問を疑問で返すな」
簡単に言ったらこうなるんだ。
疑問形になってしまったのは申し訳ない。けど、言葉を探り探りに繋いでいったらこうなっただけなんだ。
「ごめんだけど、致し方ない疑問形だ」
「……まぁいいか。で、詳しくは聞かせてくれない感じ?」
「うーん。言ってもいいんだけど、後のことを考えたらだるいからなぁ」
「そこはほら。俺たちの仲じゃん?」
「確かに?」
さっきも俺のことを心配してくれたしな。
それへの恩返しということで教えてあげてもいいだろう。
そう思った俺は、言葉を紡ぐ。
「誰にも言うなよ?」
「言わない言わない」
「保健室で植坂に抱き着かれて、それの拘束を解くために植坂の耳たぶを甘噛みした」
「…………?あー……?なーるほど……?……?」
首を傾げ、納得したと思ったらまた首を傾げ、何を言ってるんだこいつみたいな視線を俺に送ってくる。
だよな。俺も斗羽と同じ目線なら同じことを思っていたよ。
「まぁそういうことがあったんだよ」
「ほーへー。本当に好きじゃないの?」
「好きじゃない。断じて言うね」
呆けた返事の後とは思えないほどの速度で本音を聞いてくる斗羽に、俺も即答で言葉を返す。
「耳たぶを嚙んどいて?」
「噛んどいて」
「それで好きじゃない?」
「好きじゃない」
「おかしな子だね」
「だよな」
「そこも即答なんだ……」
自分でも変な奴だと思ってるからな。
肯定以外に別の言葉なんて思い浮かばないよ。
靴を履き替えながらそんな会話をする俺たちは外に出て、9月でもまだ熱い日差しに辺りながら正門へと向かう。
「今日はどっか行く?」
「うーん。斗羽の行きたいところでいいけど」
「なら、あそこの二人ストーカーしね?」
「あそこの二人……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます