第49話 甘噛み
植坂の頬を摘まみ、横に伸ばしたり上下に伸ばしたり、円を描くように引っ張り出す。
これまた引っ張りやすい頬だな。
やわらけーし、もちもちだし。
……なんか、腹立ってきたな。
美人でほっぺもぷにぷにで力もある?
それで何のとりえもない俺に恋してる?
…………なんか、腹立つな。
理不尽な理由かもしれない。だけど、睡眠を妨害されたことや度重なる迷惑行為が今、少し爆発したのだろう。
俺は思いっきり植坂の頬を引っ張り、愚痴という愚痴ではないが、言葉をぶつける。
「美人は何してもいいのかよ。可愛けりゃ抱き着いたら許されるのかよ。てか、顔はいい癖に勉強もできるのかよ。どこでもいいから俺にとりえ分けろよ。ガリ、筋肉、ワクド、女子、脳筋」
「…………いひゃいでふ」
ここまでして、やっと目を覚ました植坂は目を細めて俺を見上げていた。
そして俺は「やっと起きたか」という言葉を添えて頬を放した。
「起こされたんです。というか、なんですか。暴言のような誉め言葉は」
「誰も傷つかないストレス発散法」
「確かに傷つきませんでしたが、寝起きにこれは恥ずかしいです」
「植坂も恥じらいとかあるんだな」
「……私のことをなんだと思ってるんですか」
「羞恥心をどこかに置いてきた女」
「ギリ悪口です」
「分かったから離せ」
こんな会話をしていたら、いつか離されると思っていた俺がバカだった。
相手は植坂だ。離されるわけがないだろ。
俺がちゃんと言って、否定されて、そのうえで俺が強引に剥がすのが一連の流れじゃないか。
「離してほしいですか?」
「離してほしい」
「なら、昨日みたいにチークキスしてください」
「……あんな恥ずかしがってたのに、もう味を占めたのか?」
「昨日は不意打ちでされたから恥ずかしがってただけです」
「今日の朝、すっげー気まずそうにしてたのに?」
「気のせいです」
「んなわけあるか」
何をどう思ってごまかせると思ったんだよこいつは。
というか、一連の流れから外れてきたな。
まさか交換条件を求めて来るとは、こいつなかなか頭が回るな。
チークキスは不意打ちだからこそやって楽しい。だから、頼まれたからといってする訳が無い。
「それで、しますか?しないなら、絶対に離しません」
「しない。けど、離してほしい」
「欲張りさんにはお仕置きが必要ですね」
「お仕置きもいらんから離してくれ」
「お仕置きにいらないとかありませんから」
植坂が言うと、いきなり俺の胸元に自身が大有りな胸を押し当て、俺の足には太ももを絡めてくる。
なるほど。今朝やめろと言ったはずの誘惑をするってわけだな。
ほんと、こいつの羞恥心はどこに置いてきたんだ。
「ここ学校だぞ?」
「でも、二人きりです」
「俺は男だぞ?」
「ぜひ襲ってください」
「…………」
もう押し黙るしかないだろこんなの。
襲ってくださいって学園のアイドルが言うセリフか?いや言わないだろ。
そもそも誰であろうと言わないだろ。
こいつは頭のねじがぶっ飛んでる。うん、それ以外に考えられん。
「羽月さん?押し黙ったって無駄ですよ。私を解くことなんてできません」
「本当に襲ったら、植坂はどうするんだ?」
「しっかりと受け止めますよ?羽月さんの心が満たされるまで」
「…………なるほど」
ここからは昨日の経験を生かしての戦いになるが、やらないよりかはましだ。
今植坂に聞いたのはただ何の変哲もない……といえば嘘になるけど、ただの会話だ。
俺が企んでいるのはこの後。
植坂の頭のねじが外れているのなら、俺も外すべきだ。そして、俺も羞恥心を一回捨てよう。
頭の中で、像よりも重い物を遠くへと投げ捨て、俺は植坂の耳元へ口を近づけた。
「――本当に襲うぞ?」
と囁き、耳たぶを甘噛みした。
その瞬間、植坂の体はどういう意味で震え上がったのか、顔が真っ赤になって困惑したように俺から腕を放して口を開く。
「ははは、は、羽月さん!?!」
「なんだ?」
「いい、い、い今のは?」
「噛んだ」
「そう、そ、そう、そうですけど!」
「んじゃな」
今までに見たことない動揺を見せる植坂を横目に、俺はベッドから立ち上がってカーテンをめくる。
「え!?ちょ、あ、え!?今、え!?」
「…………動揺しすぎだろ」
最後に苦笑を植坂に向けた後、俺はカーテンを閉じて保健室を後にした。
その直後、俺の頭の中にいるもう一人の俺が重い何かを拾い上げ、元あった場所に埋めた。
――うぐ……!恥ずい!心が……!心が苦じい!
多分、植坂と同じぐらい動揺していたと思う。
ねじを外していたからこそこんなことが出来たし、羞恥心を捨てたから苦しいとは思わなかった。
だが!羞恥心とねじを戻された今はすっげー苦しい!
でもこの苦しみは植坂の耳たぶを甘噛みして、すっごく嫌な気分になったとかそういうものではなく、かおちゃんを裏切ったような気がするから苦しい。
「あーぐるじい。たかが耳たぶだぞ。かおちゃんとはもっと上のことをすればいいだろ……!」
自分に言い聞かせるように、今のことを忘れるように上のことはなんだろうと考える俺。
……いかん、俺の中に記憶されているかおちゃんの顔は、あの小さくて幼い頃の顔だけしかない。
このままだと小学生以下の子と変なことをしているようにしか見えんから、考えるのをやめよう。
俺はまだ捕まりたくない。
――そうしたらごごろが……!!
うぐっ、とうねりながら左胸を抑える俺は授業の始まりを告げるチャイムと同時に教室へと入る。
幸運なことに、チャイムが鳴ったおかげで春樹と斗羽に睨まれはしたが、話しかけられることはなかった。
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