第48話 再び

 号令を言われるたびに体を起こし、適当に挨拶をしてすぐに座り、また寝る。

 その繰り返しをしていたら当然授業など聞けるわけもなく、昼休みに入った。


 昼めし食いに行こうぜーと春樹たちに誘われたが、今日はパス。

 寝不足で食欲がない、と言って断り、俺はふらふらと覚束ない足取りで保健室へと向かった。


「すみません、しんどいです」

「見ればわかるわ。そこのベッド空いてるから、寝ときなさい」


 俺の様子を見て、本当に体調が悪いと思ったらしい保健室の先生は、椅子から立ち上がってベッドを囲うカーテンを開けてくれた。


 お礼も言う間もなく、俺は靴を投げ捨てるように脱ぎ、ベッドへダイブ。

 家とは違い、学校では悶々とした気持ちが湧かないからすぐに寝れる。

 まるで気絶するように、俺は一瞬で眠りへとついた。


 その時は不思議な夢を見た。

 紐のようなものが俺を縛り、身動きが取れない状態にされ、香水なのか、女子らしい匂いが紐から漂ってきた。

 夢なのに匂うんだぞ。ほんとおかしな夢だ。


 縛られていたとはいえ、そこまで居心地が悪いものでもなかったので目は覚まさず、夢の中でもぐわんぐわんと頭を振りながらまた、眠りについた。



 何も考えずに寝れる睡眠ほど、気持ち良いものはない。

 目覚ましもなく、誰にも起こされることがない睡眠。

 一番と言っていいほどの娯楽だ。

 そう。一番の娯楽だった。この保健室での睡眠は。


 シーツをかぶっているとはいえ、俺の体には無駄に熱がこもり、シーツをどかそうと寝返りを打とうとする。

 だけど、身動きが取れない。まるで、夢の中の紐に縛られているように。


「……あっつ」


 寝言なのかただの独り言なのか、俺は目を閉じたままそんなことを呟いた。

 この教室には冷房が掛かっているのか不思議に思うぐらいの暑さ。

 そして全く動かない体。


 少しイラ立ちを覚えた俺は、まだ重たい目を開け、周りを見ようと――周りなんて見る必要はなかった。

 俺の目の前には昨日さんざん見飽きた顔、そしてこの暑さと身動きが取れない原因のやつが、俺の目の前でぐっすりと眠っていやがった。


 この保健室で目を覚ませばこいつ。

 下手すれば目覚ましに起こされるよりも最悪な目覚め方だ。


「おい」


 寝起きだからか、かすれるような太い声が俺の口から出る。

 だが、ぐっすりと眠る植坂の耳に届くことはなく、心地よさそうに俺の胸に頬をなすれつけてきやがった。


「おい植坂。起きろ」


 少しイラ立ちも入り、俺の体を縛る植坂の腕を強引に解こうと自分の腕を引っこ抜く。

 そして植坂の腕をつかみ、寝起きなのにも関わらず力を入れようとする。

 が、力の差なのだろうか。それとも俺の位置が悪いからだろうか。

 ちっとも力が入らないし、解ける気配がしない。


 それに何を勘違いしているのか、俺に抱き着かれると思っている植坂は少し脇腹を浮かせてくる。

 ……こいつ、起きてんじゃないか?


「おい起きてんのならさっさとどけ。脇腹こそばせるぞ」

「……」


 おいおい嘘だろ。

 これ寝相で浮かしてんのか?

 ここまでくると怖いぞ。

 俺への執念凄くないか?メンヘラを通り越してるだろこの頭。


 念のため、脇腹を突いてみるが……反応はなし、か。

 本当に寝相で浮かしてるし、寝ているのにも関わらずこの力。

 ……もういいや。諦めよ。


「今何時だ?」


 完全に諦めた俺は頭だけで周りを見て、カーテンの隙間から見える時計に目を向けた。

 14時53分か。ちょうど五時間目が終わったぐらいか?

 あと1時間ここにいるってのもいいけど、教室に帰ってもいいな。


 2時間くらい寝たからか、目はばっちりと覚めている。

 それに、これ以上寝たら家で寝れなくなりそうだし、教室に帰るべきだろう。

 時間的にも今帰るのがベストだ。

 ベストなんだけど……。


「おめーがいるから帰れねぇんだよ!」


 少し声を潜めて怒鳴るように植坂に言う。が、当然起きていない植坂はうんともすんとも言わない。てか、いつの間にか脇腹降ろしてるし。


 というか、先生は何も言わなかったのか?

 植坂がここに入るということに、何も思わなかったのか?

 まさかとは思うが、昨日と同じようにいないってことはないよな?


「せんせーい」


 周りのことなんて考えずに放った言葉。だが、その言葉に反応するものは現れなかった。

 ……まじすか。いないっすか。先生のせいでこうなってるから、責任取ってほしいんですけども。

 ほいで、かなりの声を出したというのにこいつは起きないし。

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