第47話 登校

「今日はバイトあるのか?」

「ありますよ。どうしました?」

「今日もワックに行くと思うから」

「ワクドに来るんですね」

「行くよ」


 気まずくとも、ワクド呼びのことは許すつもりはない。

 けど、今言い合いしたら学校まで続きそうだからやめる。今すぐにでもボコボコに言ってやりたいのだけれどもな。


「ちなみにですけど、何時ぐらいに来ますか?」

「19時ぐらいかな」

「なら、ちょうど私がシフトに入ってる時間帯ですね」

「……ずらそうかな」

「やめてくださいよ。折角羽月さんが来るタイミングを計算してシフトを入れたんですから」

「…………尚更、ずらす気が湧いてきたぞ」

「ダメです」

「ちゃんと対応してくれるならいいけどさ?」


 前の植坂の行動を見るに、ちゃんと対応してくれる自信がない。

 今の植坂が大人しいだけであって、今日の夜になればいつもの調子に戻って暴れだすかもしれない。

 ……周りのお客さんのことも考えたら、ずらすべきなんじゃ?


「ちゃんと対応します」

「ほんとか?」

「はい。ちなみにですけど、私休日以外は20時に上がるようにしていますので」

「……?それがどうした」

「待っていてくださいね?」

「……やですと言ったら?」

「お持ち帰りを要求します」


 ……なるほど。めんどくさいなこれ。

 一緒に帰るのも嫌だし、お持ち帰りを要求されるのも嫌だし。

 ……でも、他のお客さんに迷惑をかけるわけにもいかないしなぁ。


「わかった。待っとくからお持ち帰りの要求はするなよ」

「大丈夫です。しつこくは言いません」

「……言うには言うんだな?」

「はいもちろん」


 いい返事で何より。

 まぁ、一回ぐらいなら言ってもいいや。めんどくさいし。


 多分、この時の俺は眠気で何事に対してもめんどくささが勝っていたのだろう。

 この時、ちゃんと言うなって言っとければ、毎回のようにお持ち帰りを要求されることはなかったのに。


「んじゃ、もう学校着くから俺後ろ行くわ」

「え?ずっと一緒ですよ」

「なにそのメンヘラ発言」

「教室の前ぐらいはいいじゃないですか。他クラスなんですし」

「やだよ。アイドルと呼ばれている女子に付きまとう変な男って呼ばれたくないぞ」

「なんですかそのあだ名は」

「呼ばれそうなあだ名」


 絶対に言われる。

 これだけは断言できるぞ?この学校には絶対植坂のことが好きというやつが何人もいるはずだ。

 そいつらが俺のことを変な風に言って、別に植坂のことが好きじゃない男子や、うざったい女子が乗っかってくる。


「そんな私、モテませんよ」

「可愛いやつが何言ってんだ?本当に持てないやつへの侮辱か?」

「可愛いだなんて、やだぁ……」

「眠そうに言うなよ」


 植坂が元気ないのって寝不足のせいか。

 俺も寝不足のせいで頭がなんにも働いてないな。

 学校で寝よう。願わくば保健室で。


「まぁ今日は俺が後ろにいるから先に行ってくれ」

「一緒がいいんですけどね……」

「無理だ。それじゃーな」

「……はーい」


 若干不貞腐れながら手を振ってくる植坂に、特に腕を振り返すことなく俺は歩くスピードを緩めた。

 そして十メートルが離れたぐらいで元のスピードに戻し――


「――おーい裕翔~」

「植坂さんといい感じじゃないかー?」


 そうだ。植坂以外にも別のタイプでめんどくさいやつらがいるんだった。

 いきなり俺が逃げられないように二人して俺の肩を組み、ニマニマと笑みを浮かべながら話しかけてくる春樹と斗羽。


「……そう見えるか?」

「見えるぞ〜?すっごく仲よさそうだぞ~?」

「気のせいじゃないか」

「ずっと俺たちは後ろから見てたぞー?仲良く話してるところをな―」


 まるで息ぴったりに話しかけてくる春樹と斗羽は少し……というか、かなりうざい。

 この二人はずっとそうだ。

 俺の恋愛のことになると、毎回のようにこのようなダル絡みをしてくる。悪い迷惑だ。


 正門で教師があいさつしているのを横目に、肩を組まれて縮こまっている俺は門を抜け、学校へと入る。

 教師がチラッと俺の方を向いたが、特に危険性がないと判断したのかすぐに女子生徒と話しだした。

 この女たらし教師。俺の方見たなら助けろって。どう見ても問題ありまくりだろ。


「てか、見てたなら話しかけてきたらよかったのに」

「あんないい雰囲気を壊すわけないだろ~?なぁ斗羽~?」

「だねー。俺たちに雰囲気を壊す度胸なんてないしねー」


 ……これも悪い迷惑だ。

 昨日からの様子を見て、助けてあげようと思わなかったのか。

 俺が可哀想だとは思わなかったのか……!


 いじられ、煽られ、多分今日の厄介な人物は植坂じゃなくてこいつら二人だ。


 俺は死んだ魚のような目をしたまま、教室へと入る。

 肩を組まれたまま自分の席へと行き、荷物を置く。


 さっさと自分の席に荷物を置きに行け!とツッコもうと思ったのだが、先に隣の席の来夏が言ってくれた。


「君たちねぇ……。裕翔の死んだ目が見えないの?」

「死んでるからこそのいじりですよー。姫柊さんもやります?」

「やりません。ほら、さっさと席に着きなさい」

「裕翔、お前モテてんな」

「るせーよ」


 なーにがモテてるだ。

 来夏のは見せびらかせるための演技だろ。

 内心何とも思ってないだろ。


 来夏が叱ってくれたからか、それとも机に突っ伏した俺を見たからか、それとも次のいじりを考えるためか、二人は席へと戻っていく。

 まぁ演技だとしても、今だけは助かった。


「ありがとな。来夏」

「いいのよ。それで、昨日の夜は何があったのか、1から10まで話してくれる?」

「……ごめん、寝る」

「残念だけど、私はあなたの隣の席よ?」

「知ってる。だから寝る」

「残念だけど、私はあなたを起こす権利があるわよ?」

「先生の言うことなんて聞くもんじゃないだろ……」

「注意されてるのに起きないからでしょ?」


 俺はどこに行こうと、平和な場所がないのだろうか?

 そういう人生なのか?いやだぞ。もっと平和に生きたいぞ。というか、疲れを飛ばしてくれ。

 そしたら過酷な人生だろうが歩んでやるよ。

 だから寝させろ。


「……分かった。教えるから起こさないでくれ」

「ちゃんと教えてくれるならね」

「…………昨日、植坂が俺の膝の上に座ってきて、その後にチークキスして悶々として寝れなかった」

「なるほど。許嫁というものがありながら、卑猥なことをしたのね?」

「俺は許嫁になりたいなんて言ってないからいいだろ。相手が植坂だから嫌だけど」

「なるほどね。これはあの子とも話し合う必要があるわね」

「おう。頑張れよ」


 俺はそう言い、来夏に向けていた目を机に向け、そのまま瞼を閉じて夢に落ち――


 ――キーンコーンカーンコーン。


「では!朝礼を始めます!」


 先生が言うと、委員長が起立と大きな声を上げる。

 正直、このまま突っ伏して寝たい。

 けど、立たないと先生に怒られて、みんなからの注目が集まって、春樹と斗羽にいじられる。そしたら休み時間も寝れない。

 ……立とう。


「気をつけ、礼」

「おねがいしまーす」


 流石に二年に上がって半年もやっていればこの動作も流れ作業のようになり、委員長も適当になってきている。

 教師も特に何も言わず、お願いしますと言って教卓に手をついた。

 そして俺は机に突っ伏した。


 朝礼だからそこまでは寝れない。だが、ずっと起きているよりかはましだ。

 だから、おやすみ。

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