第46話 クマ

 翌日、鏡で自分の顔を確認してみたら、案の定クマだらけ。

 太ももの上で動いていた感覚だとか、胸に当たっていた大きなぶつの感触だとか、悶々とした気持ちを抑えるために何度水を浴びたことか。

 おかげで今日は徹夜。授業に集中するどころか、まともに会話できるかどうか。

 朝食を済ませ、髪も整え、荷物を持った俺は扉を開いて玄関を出る。


「「あ」」


 ちょうど俺と同じタイミングで出てきたのか、ドアノブを握ったままの植坂と目が合った。


「「……」」


 気まずい……。

 昨日のがチークキスだったとはいえ、すっごく気まずい。

 植坂も寝不足らしく、目の下のクマが凄くていつもの元気はない。というか、俺と目を合わせては視線を逸らす繰り返し。それは俺も同じだけど。

 けど、今何かしらの会話をしないとダメだ、という義務感に心が苛まれた。


「あーっと、おはよう」


 関係を発展させたくないなら気まずいままでよかったとは思う。だけどこのまま気まずいのは絶対にダメだ、と心が訴えている。

 理由は分からん。けど、何かしらの理由があるのだと思う。


「お、おはようございます」

「クマ、すごいな」

「お互い様ですよ」

「「…………」」


 あー気まずい。

 かつてこれほどまでに、女子とこんな気まずい思いをすることがあっただろうか。

 ……いや、ないね。

 まず、女子との関わりがなかったから、気まずいなんて状況が生まれなかった。それ故、この状況にどう対処したらいいのか分からない。


「えーっと、とりあえず学校に行く?」

「は、はい」


 慣れない口調と会話。

 眠気からなのか、気まずさからなのか、本当に会話の仕方を忘れた。


 俺たち二人はマンションの廊下を無言で歩き、エレベーターの中も二人っきりだったのに無言。マンションから出て数十メートルの間もただただ無言。

 俺はどこかしらのアニメや漫画でこのような展開を見たことがある。

 もし、俺がここで喋れば植坂も同じタイミングで喋るという展開だ。

 だから、無言でここまで来たのだが……植坂に話すような気配はない。


「「あの――」」


 今かよ!

 気まずさの神はどういう思考をしたらこういうことをしたくなるんだ!俺は嫌いだぞ!気まずさの神!


「あー先どうぞ」

「いえ、先に羽月さんが言ってくれて大丈夫です」

「なら、うん。年頃の男の子に、変なことするのはやめような」

「え?年頃の男の子……?」


 いきなりの話題に驚いたのか、植坂は目は点になってこっちを見てくる。

 出来ればこの気まずさはとっとと消してやりたい。

 なら、昨日のことを笑い話のようなものにすればいい。

 その結果……まぁ、あまり好きではないのだけどあっち系の話になるよな。


「太ももの上で動いたり、抱き着いたり、胸当ててきたり」

「あ、あれは誘惑してただけです……!」

「その誘惑を年頃の男の子にはするなって話だよ」

「一回抱いたら好きになるんじゃないですか?」

「…………好きになるのかは知らん。けど、誰であろうと抱く気はない」


 こいつ、あっち系の話の耐性強すぎやしないか?

 これまで俺がそういう話をあまりしてこなかったから、耐性が薄いだけか?それとも女子が相手だから戸惑ってるのか?いやまぁ、多分どっちともだけどさ。


「私は羽月さんになら抱かれてもいいですよ?」

「俺はやです」

「やですじゃないですよ」


 やっぱりまだ植坂は大人しめではあるが、先ほどよりかは調子が戻ってきた気がする。

 まぁ良かったと言えばよかった。これぐらいの大人しさなら俺も気疲れせずに植坂と接することができる。

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