第45話 大胆

「それで、植坂はゆうちゃんってあだ名を知ってることについて、言う気はないんだな?」

「ないです」

「そして、その原因になったのが俺だな?」

「そうです」

「……その原因に、何一つ身の身覚えがないと言ったら?」

「キスでもして思い出させてやりたいです」

「…………よし。今日は一旦帰ろう。そのうちあだ名のことについては聞くとする」

「私もそのうち言う予定ですので、今日は我慢してください」

「それを先に言ってくれたら、ヒートアップしなくて済んだのでは……?」

「あー確かにそうかもです」


 そのうち言ってくれるなら今言ってくれても変わらないと思うんだが、まぁ今はいいか。

 とりあえず帰ってもらおう。

 気になるところではあるが、頭を落ち着かせる必要がある。

 特に植坂の頭をな。


「……なんですか?いきなり睨んできて」

「いーや?ケチな女だなと」

「そんなこと知りませーん」


 ふん、と鼻を鳴らして顔を逸らし、相当ご立腹なのか太ももの上で足をバタバタと動かす。


「いやてか、降りろよ。話し合いは終わったぞ?」

「羽月さんが降ろさないよって言ったじゃないですか」

「それはそれ、これはこれだろ」

「私の中ではどっちも同じなので、降りません」

「……めんどくさい女だな」


 本当にこの言葉に尽きる。

 ただただめんどくさい。

 どうせ俺が脇腹に手を添えたら胸を押し付けますよ!って言うだろうし、俺の力では植坂を持ち上げることはできないし。

 俺の行動パターンが詰んでるんだよな。


「そんなに離れて欲しいなら、キスなりハグなりすればいいじゃないですか。そうしたら離れますよ?」

「わかった」


 めんどくさくなった俺はやけくそにそう言い、優しく植坂を抱きしめて、海外では当たり前のチークキスというやつを植坂の頬にやる。


 すると、本当にやってくれるとは思っていなかったらしく、一瞬で植坂の体は固まり、口をパクパクと動かすだけで何も言葉を発することはなかった。


「ん、じゃあ帰れ。俺はもう眠いから風呂入って寝る」

「え、あの……え?した。え、本当にした、え?」

「戸惑いすぎだ。ただのチークキスだ。さっさと帰れ帰れ」


 固まった植坂は簡単に下すことができ、ソファーの前に立たせて軽く手を振りながら言う。

 未だに困惑している植坂も、約束事を破ることはできず、ポカンとした変な表情のまま、軽く手を振り返して俺の家を後にした。


 今ので二つ分かったことがある。

 俺が大胆になったらあいつの思考は停止するということだ。

 そしてもう一つが――


「――俺も恥ずいから……!!」


 両手で顔を覆い、そう嘆いた俺は数分間、ソファーから動くことはなかった。

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