第44話 あだ名?
今は何分経っただろうか?
絶対に五分は経ったはずだ。
俺の体内時計がそう言っている。
「もう五分経ったろ?」
「もう少しだけ堪能したいです……」
こいつはもう眠いのか、それとも安心しきってるのか、体の全体重が俺に乗せられ、言葉のスピードは遅い。
ここで寝られたら困るし、さっさと下ろしたい。
けど、俺も眠いからあんまり力は出したくないんだよな。
「眠いだろ?降りて帰りな」
「やです。もっとゆうちゃ――いえ、羽月さんともっと一緒にいたいです」
「ゆうちゃ?」
植坂の言葉で、俺たち二人とも一瞬で目が覚めてしまった。
目が覚めれば力を入れようが入れまいが、眠気なんて関係ないので俺は慌てて植坂を引き下ろそうとする。
だが、植坂は拒むように俺の首元に抱き着いて降りようとしない。
「ゆうちゃってなんだ?」
「気のせいです!聞き間違いです!」
「そんなわけないだろ。答えろって」
今の「ゆうちゃ」という言葉に、俺は聞き覚えがある。
というか、記憶がすごい勢いで俺に覚えてるぞ!って言ってきた。
多分、目が覚めたのはそのせいだ。
「本当に気のせいです!」
「気のせいじゃないだろ。俺の記憶が聞き覚えあるって言ってるぞ」
「知りません!」
この記憶はあれだ。
かおちゃんが言っていた発音と同じだったから、記憶が呼び起されたのだ。絶対そう。
だけど、何でこいつが知ってるんだ?
「知らないは知らないとして、なんで植坂がゆうちゃんってあだ名を知ってるんだ?」
「ゆうちゃんなんて言ってません!ゆうちゃ、です!」
「これで気のせいじゃないってことは確定したな」
「私を嵌めたのですか!?」
「嵌めたね」
と、いうことは、確実にこいつはゆうちゃんってあだ名を知ってるな?
あそこまで言い切って、知らないわけがない。
他にゆうちゃって言葉が付く日本語があるなら逆に知りたいよ。
「それで?なんでそのあだ名を知ってる?」
「知りません!」
「嘘つくのはよせ。今なら許すから」
「絶対許さないやつじゃないですか……!」
よくわかったな。許すわけがなかろう。
来夏から聞いたのなら、初めから「来夏から聞きました」って言えばいいだけだしな。
ここまで拒むってことは、絶対裏がある。
「私、今日はもう帰ります!」
「もう少し、俺の家にいていいんだぞ?」
「やです!帰ります!」
帰りますということばを機に、今度は植坂が俺を放そうと肩を押し始め、俺は逆に帰すかと言わんばかりに腰を抱き寄せる。
「エッチです!羽月さんのエッチです!!」
「かもな。で、どこで知ったんだ?」
時には開き直りというのもありだな。すごく便利だ。
植坂はそんなに言いたくないのか、なんども首を横に振り、俺の肩を押し出す。
正直言って、この状況で植坂には勝ち目なんてない。
「そんなに私とヤりたいんですか!!」
「んなわけねーだろ!やめろそういう思考に持って行くの!」
「じゃあなんですか!」
「ただ聞いてるだけだよ!」
こいつ、もしかしてだが下ネタに逃げるつもりか?
こんなの学校の人たちにバレたら植坂の地位と名誉が駄々下がりだぞ?ついでに俺も。
「離してくださいー!」
「言えば離すって」
「ゆうちゃ、って言うのはあれです!私の親戚の、その親戚の小さい頃に出会った男の子です!」
「親戚の親戚……?」
遠いような、近いような……。
私のおじいちゃんの娘って言ってるようなものだけど、その娘が植坂だということも限らないしな。
……わからん。
まじでわからん。
「そうです!言いました!離してください!」
「うーん……どこで聞いたのかを言ってほしいんだけどな」
「このままだと、羽月さんにキスしますよ!」
「…………無敵の人か」
「無敵です!」
今悟った。無敵の人ほど怖いものはないんじゃないかと。
いや、植坂が無駄に無敵すぎるのかもしれない。植坂の思考も分かっていたつもりだけど、もうわからん。何を考えてるかわからん。
「わかった。そんなに言いたくないんだな?」
「言いたくないです!」
「じゃあ来夏に聞くぞ?」
その瞬間、俺の上で暴れていた植坂の動きはピタッと止まり、人が変わったかのようにフルフルと首を振り始める。
さっきのを見た感じ仲がよさそうだったから、もしかしてとは思ったけど、本当に知ってるんだな、あいつ。
「それだけはやめてください」
「なんでだ?」
「来夏は絶対に嘘をつくからです」
「嘘?」
「詳しくは言えませんが、嘘を言います。ですからやめてください」
……まじで別人になったみたいだな。
さっきまでの勢いが嘘みたいになくなったぞ。
というか、嘘ってなんだ?来夏には勝手に許嫁にされたけど、嘘をつかれたことはないぞ?
俺に対しては無駄に素直だからな。
「そんなに聞いて欲しいくないのか?」
「聞いて欲しくないです」
「……そもそも、なんでそんなに言いたくないの?」
「そもそもですか?そもそもは羽月さんのせいですね」
「俺?」
俺のせいなの?
何もしてないぞ?
今度は開き直りなのか、俺のことを見下ろしながら目を細めてくる。
「そうですよ。女の子の変化にも気づかない鈍感クソ野郎ですよ」
「そんなに言う?」
「そんなに言いますよ。私、怒ってますからね!」
……なるほど。
開き直りというやつは本当に便利だ。
一気に立場が逆転してしまう。
「お持ち帰りしなかったことに?」
「それもそうですけど、色々です!」
「なら今謝っとくわ。ごめん。で、何で言いたくないの?」
「ごめんでは許されませんよ!」
ダメだ。このままじゃ埒が明かない。
どっちが立場が上か分からせる必要がある。けど、今の状況で脇腹をくすぐったら胸を押し付けられるだろうし、下手したら俺のファーストキスも奪われかねない。
……なら、どうしようか。
呼吸を整えるようにため息を吐き、太ももの上に座る植坂に言葉をかける。
「……一旦落ち着こう」
「私は落ち着いてます」
「一番落ち着いてねーだろうが」
ヒートアップしすぎて、話の内容が何一つとしてまとまらない。
こんなのを話し合いとは言わないし、ただ自分が思ったことをぶつけ合うだけ。
だから、一旦落ち着かせて頭の整理をする。
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