第43話 無敵の人間

 水道を止め、吊るしておいたタオルで手を拭くと、すぐに植坂は声をかけてきた。


「終わりましたか!」

「……終わったよ」

「なら、私の頭を撫でてください!」

「わーかってる」


 ゆっくりと歩きながら植坂がいるソファーへと向かい、時間をかけるようにゆっくりと植坂の隣に腰を下ろした。


「無駄な抵抗ってやつですか?」

「うるせーよ。こっちも心の準備というものがあるんだ」


 仮にも相手は女子。

 それも学校のアイドルと言われている女子だ。

 嫌っている相手とは言え、緊張しないわけがないだろ?


 目を閉じて何度かため息を吐き、気持ちを整えているときだった。

 いきなり太ももが重くなり、ふわっと女子らしい匂いが鼻を刺激してくる。


「早くっ、早くっ」

「――ちょっ!やるから、乗るのはなしだろ!」

「だって遅いんだもんー」

「だもんじゃねーよ!降りろって!」

「やーです。早く撫でてください!」


 なんで俺がこんなカップルみたいなことしなくちゃいけないんだよ!

 あと、太ももの上で左右上下前後ろと動いてるのはわざとか!?やめろ!

 慌てて植坂を下ろそうと脇腹に手を当てるが、


「ふふん!今脇腹をくすぐったら、羽月さんの顔に私の胸が炸裂しますよ!」


 なんて言葉を言いながら、くるりと俺の方に向きなおす。

 そして俺の首元に手を回し、目の前には大きいものが二つ。

 本気でやるつもりだと察した俺は、そっと脇腹から手を下ろし、顔を上に向けて天井を仰ぐ。


 やばい。本当にヤバイ。俺は良くないと思う。

 年頃の男子にこういうことをするのは本当によくないと思うんだ。

 己を賢者にしろ。心を無にしろ。何も感じるな。なにも見るな。


 心の中でそう唱え続け、右手を上げてそっと植坂の頭に置いた。

 そしてゆっくりと撫で始める。


「えらいな。よく食べたな」

「えへへ、でしょ?私頑張ったでしょ?」

「頑張った。俺はちゃんと見てたから分かるぞ」

「やったぁ」


 なんなんだこれは。

 てか、こいつはこれでいいのか?

 明らかに俺の言葉は棒読みだし、撫でる手もぎこちないはずだぞ?


 植坂は体を伸ばして俺の顔の前に柔らかいものを置いていたのか、それを解いて体を楽にし、俺の肩に顎を置いてくる。

 そうすれば当然、俺の胸元には柔らかいものが当たる。


「……これ、いつまで続ければいい?」

「ずっとがいいです」

「無理」

「なら、あと五分でいいです」

「長い」

「聞かないと、羽月さんの上で動きますよ?」

「よし、あと五分だな」


 動かれるのは流石にまずい。

 というか、こいつは無敵の人間過ぎないか?

 恥なんて一つもないだろ。

 なんだ?どこに恥を捨ててきた?今すぐ拾ってこい。

 なんてことを言おうと思ったけど、脅しがひどすぎたから言えるわけもなく、ただ心を無にして植坂の頭を撫でる。


 こんなに嫌がっている俺ではあったが、どこか心の底で懐かしさを感じている部分もあった。

 全くの別人のはずなのに。

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