第42話 褒められたい

 俺が食べ終え、植坂のお皿の上を見るとハンバーグは残り4口ぐらいになっていた。

 白米も残り一口で、俺の手助けなしでも食べきれそうだった。


「行けそうじゃん」

「すごいでしょ。褒めてください」

「じゃ、洗い物しとくからな」

「褒めてくださいよ!」


 悲しそうな目でこちらを見てくるが、当然無視を決め込んだ俺は、食器を持って台所の前まで移動した。

 食べるスピードが落ちたところとかを見れば、無理してるんだなってのはわかる。けど、褒めたら褒めたで調子に乗って「羽月さんに褒めてもらったら、もっと食べれそうです!おかわり!」なんて言い出して、しまいには戻されても困る。

 まぁさすがにこれは考えすぎだとは思うが、植坂ならあり得る。

 という言い訳を適当に考えて褒めるのは避けよう。


 たまに植坂の顔色を伺い、もうダメそうなら止めるつもりだったが、数分後にはすべて平らげてしまった。

 久しぶりにこの量を食べたって言ってたけど、食べるスピードは早いな。


「ごちそうさまでした!」


 口の中がなくなり、手を合わせて言った植坂は勢いよくこっちを見てくる。


「……なんだよ」

「食べきりましたよ!」

「そうだな」

「褒めてください!」

「……」


 正直褒めてやりたいという気持ちはある。

 けど、けどなぁ……。

 相手が植坂だからなぁ……。


「私相手に褒めるのが、そんなに嫌なんですか?」


 と、また悲しそうな目でこちらを見てくる。

 無駄に顔はいいから、小動物を悲しませたみたいな気分になる。

 ……仕方ない。今回だけは、褒めよう。

 これでご飯をいっぱい食べてくれるようになる、と考えたらいいだろ?


「……よく食べたな。えらい」


 求められているからか、少しぎこちない言葉で植坂の顔は見ずに褒める。

 そうすると、やっぱり植坂は不満を抱えたようで、頬を膨らませて目を細めてくる。


「ぎこちなさすぎです。私の承認欲求が満たされません」

「仕方ないだろ?すごいのはすごいんだけど、求められたらなんて言えばいいかわからん」

「なら、私の頭を撫でながら言ってください」

「今洗い物中だから無理」

「じゃあほっぺにキスしてください」

「ハンバーグ食べた後だから無理」


 なぜこいつは、こうも簡単に恥ずかしいことを言えるんだ?

 彼女であっても恥ずかしくて口に出せないと思うぞ?その言葉たちは。


「……じゃあ、なにならいいんですか?」

「なになら、か……。じゃあまた今度飯作ってくれ」

「それは当たり前です。特別感がないです」

「いや別に当たり前ではないと思うが」


 こいつ、絶対今度スーパーの食材を持ってうちに来る気だな?

 俺は植坂の行動パターンが見えるぞ?めちゃくちゃ嫌だけど。

 まぁでも、こんなうまいご飯がただで食えるのは、割とありだな?

 毎日は流石に俺の心が疲れるから拒否るけど。


「それに、私がご飯を作るのは褒めるに値しません!」

「それはまぁ……そうだけど」

「悩むなら、頭を撫でるにしてください!一番簡単かつ、私がすっごく喜びます」

「……髪は女の命じゃないのか?」

「羽月さん相手なら、命もこの身も差し上げますよ?」

「…………後でな」

「はい!」


 これは執念なのか?それともただ俺のことが好きだからこんなことを言ってるのか?

 いやまぁ、どっちにしろ迷惑であることには変わりないんだけどさ。


 笑顔の植坂が持ってきた食器を台所で受け取り、スキップでもするかのようにソファーの方に向かっていった日彩を細い目で見る。

 だが、浮かれている植坂には俺の睨みなんて届いていないようで、鼻歌を歌いながら足を揺らして待つのだった。

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