第41話 料理上手
香ばしい匂いがキッチンから漂ってくる。
テレビを見ていた俺は、思わず匂いにつられてキッチンの方に目を向けると、お皿にハンバーグを盛りつけようとしている植坂の姿が目に入った。
「出来たのか?」
「出来たよー。私特製、お持ち帰りしてくれなかった仕返しハンバーグ」
「……名前と見た目が全くあってないぞ」
見た目は本当に美味しそうな完璧なハンバーグだ。
ソファーから立ち上がり、上下左右にハンバーグを見渡すがどこかおかしなところなんて一つもない。
本当に名前だけがおかしいぐらいだ。
「名前は以外は完ぺきなハンバーグですから」
「自分で言っちゃう系なのね」
「自分で言っちゃう系です。ですが、お持ち帰りしなかったことは恨んでますからね?」
「恨んでいいぞ。これからも持ち帰らないから」
「……ヘタレ!」
「ヘタレで結構」
ここで俺からのスルースキルポイント。
煽られても特に反応しないのが、相手に流されないコツだ。
適当に流していれば、相手は勝手に「あー私に興味ないんだな」っていう思考に陥る。
……メンタルの強いやつは例外だが。
頬を膨らませながら、コンソメスープとご飯を注ぐ植坂に一つお礼を言って、注がれたお椀を取りに行くためにキッチンへと向かう。
すると、なにに驚いたのか目を丸くしてこっちを見てくる。
「……なんだよ」
「羽月さんって、お礼言えたんですね」
「舐めてんのか?」
「私が何してもお礼なんて言われなかったから……」
「変なことするからだろ」
あと、今みたいに感謝されること植坂にされたか?
いや、記憶を遡ったが一つもないな。
ご飯とコンソメスープを渡された俺はダイニングテーブルに置き、椅子に座る前に植坂に声をかける。
「植坂の分も取りに行った方がいいか?――って、なんでまた目を丸くするんだよ」
「い、いえ。羽月さんって、気が使えるんだなと」
「使えるわ。舐めてんのか」
「羽月さんに優しさなんてないもんかと……」
「あるわ。植坂が変なことするから優しさを出さなかったんだよ」
今回は流石に晩御飯を作ってくれているんだから、相手が植坂であろうとお礼を言わないと人としてまずいからな。
って、結局返事が聞けずじまいだな。
そう思って聞き直そうとしたが、植坂はもうすでに自分のお茶碗を持ってキッチンから出てきて、テーブルに置いた。
それを見た俺は思わず声をかけてしまう。
先に言っとくけど、運べたんだなっていう煽りの言葉ではないぞ?
「少なすぎないか?」
「そうですか?」
「明らかにご飯の量が少ないし、植坂のハンバーグは俺のハンバーグの4分の1ぐらいしかないし」
「いつもこれぐらいですよ?」
「もしかしてだけど、ダイエット中か?」
「ダイエット中と言いますか……この体系を維持するため?ですかね」
「なるほど。もっと食え」
確かにその体系を維持するのはいいとは思う。
胸もデカいしお腹が引き締まってるし、いわゆるモデル体型だし。
とてもいいと思う。けど、高校生はまだ成長期なんだから食べる必要があるだろ。
「やです羽月さんを落とすために、こんな素晴らしい体型になったんですよ?」
「知らねーよ。別に太っていようが俺は落とせんからもっと食え」
「やです!」
料理を作り終わってからどことなく大人しいかと思ったが、調子を戻したらしく言葉に覇気がついてきた。
いや今はそんなことじゃなくて、植坂にちゃんとご飯を食わせることを考えよう。
「やですじゃないよ。しっかり食べないと栄養失調になるぞ?」
「栄養失調になったら心配してくれますか?」
「……まさかとは思うが、俺が心配すると言ったらなるつもりか?」
「なりますよ?」
「やめろばか」
なんだ?植坂の愛ってなんか重くないか?
というか重すぎるな。断言できるわ。
自分の体調を崩してまで俺に心配してほしいって相当だぞ?
「ばかってなんですか!私の天才的な考えですよ!」
「ばかだろばか。わざと体調崩したら、お見舞いどころか心配もしてやらんぞ」
「……それは、嫌ですね」
「だろ?だからちゃんと食え。少しぐらい体形が崩れたって、好きにはならんし気にもせん」
「それはそれで嫌ですけど……!」
「まだマシな方だろ。半分あげるから食べな」
お隣さんが栄養失調で倒れるというのはなんか胸糞悪いし、一緒にご飯を食べたのになんで注意しなかったんだ!って誰かに言われても困る。
だから俺は心を鬼にして植坂の心配をしている。本当は心配なんてしたくないのにな。
キッチンからナイフを取ってきた俺は綺麗に半分に割り、植坂のお皿に寄せてゆっくりと乗せる。
今切ってみて分かったけど、多すぎるわけでもなく、少なすぎるわけでもなく、綺麗な肉汁がハンバーグから溢れ出てくる。
本当に植坂は料理ができるようだ。これにはさすがに感心せざるを得ないな。
「……こんなに食べるの久しぶりですよ?」
「ハンバーグ半分あげただけでこんなにって……。何年ぐらい続けてるんだ?」
「3年ですかね?」
「大分だな。これから食べる量増やせよ?一人暮らしだから、倒れたらだれも気付かんぞ」
「なら、一緒に住みますか!」
「住まねえよ」
絶対来ると思った。
なんとなくだけど、植坂の思考が読めてきた気がする。けど、すっごく嫌だ。
ご飯も俺のから少し分け与え、本人が言う食べれるラインを聞いてから手を合わせる。
「食べれなかったら言えよ?俺が食うから」
「それって間接キスですか!?」
「……やっぱり全部食え」
「言わなかったらよかった……!!」
手を合わせてそんなことを言う植坂を横目に、俺は先に「いただきます」ということばを口にして、箸でハンバーグを一口サイズに切り、口に入れた。
硬すぎず柔らかすぎずの触感。そして口の中に広がる肉汁とデミグラスソース。
思わず俺は、口から言葉が漏れてしまう。
「あーうっま」
「えへへ、嬉しっ」
素直な俺の感想が聞けたからか、植坂は手を合わせながら頬を緩ませている。
これはお店に出しても誰も文句が言えないぞ。
それぐらい美味い。
「それじゃ、私もいただきまーす」
そう言った植坂もお箸を持ち、ハンバーグを一口サイズにして口に入れる。
「ん〜美味しっ。ちゃんと愛情が籠ってるね」
「俺はその愛情を受け取ってないから分からんが、本当にうまいな」
「私の愛情を受け取ってくださいよ!」
「やだね。でも、流石にこれは胃袋が掴まれそうだ」
「やった!」
植坂の喜びは今日一番。いや、この二日間の中で一番の喜びだった。
ガッツポーズまで決めて、嬉しさを噛みしめるようにハンバーグをもう一口食べる。
本当に料理を勉強したんだなという喜びに、思わず俺も頬が緩みそうになる。
多分、この喜び方がかおちゃんに似ていたからでもあったかもしれないが、素直に人が喜ぶのを見ると、こっちも嬉しくなる。
……いや、本当にかおちゃんに似てるな。
思わず幻覚が見えてしまい、首を横に振って目を覚まし、白米を口いっぱいに頬張る。
それからは特にこれといった会話はなく、植坂は相変わらず嬉しそうにご飯を食べていた。
どうせ、あまりの嬉しさに俺と会話をすることすらも忘れていたのだろう。
まぁ今だけはこの嬉しさに浸らせてあげてもいいか。
俺もめっちゃ美味しいハンバーグ食べさせてもらったしな。
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