第40話 二股では無い
いつになく大人しい植坂を不思議に思い、首を傾げていると、ぽつりと呟き始めた。
「私はですね。昔からずっと好きな人がいるんですよ」
「へー」
「へーって何ですか!人の恋路に興味はないんですか!?」
「別にないことはないけど……植坂だからなぁ」
「……私、泣きますよ?」
「ごめん。気になる続けて」
流石に泣かれるのはまずい。
俺以外が理由で泣かれるのにはいいんだけど、今回のは10:0で俺が悪いからな。
「羽月さんは、そんなに私のことが嫌いですか?」
「嫌いというか、なんというかね……。言ったと思うけど、俺にも小さい頃から好きな人がいるからな」
「その、小さい頃好きだった女の子がいるから、私が嫌いなんですか?」
「……別に嫌いってわけじゃないんだけど」
「じゃあなんですか」
「……」
問い詰められる俺は、思わず言い淀んでしまう。
あんまり、こういうことは言いたくはないし、言うつもりはなかった。
けどなぁ、ここでハッキリさせといた方が、植坂が諦めてくれるかもしれないからな。
そんな期待を胸に、俺はキッチンで作業をし始める植坂に口を開いた。
「なんというか、その子のことが好きなのに、植坂のことを好きになりたくないなって気持ちがあるんだよな」
「つまり、二股はしたくないってことですか?」
「まぁ……つまりはそうだな」
「なるほど」
……私が同一人物だから、別に二股じゃないんだけどね?
でも、今そんなこと言ったら絶対に信じてもらえないし、なんなら「おちょくってるのか?」なんて言われそう……。
もしかしてだけど、私が羽月さんのことを落とすよりも、昔の女の子が私だっていうことを教えてあげた方が早いんじゃないのかな?
でも、今の羽月さんに「そんなこと言って騙せると思ってるのか?」って言われそうだしなぁ……。
一途なのは嬉しいんだけど、まさか私のことを忘れて一途になってしまうとは……。
いやまぁ、名乗らなかった私が悪いんだけどね!
「それで、最初にしようとしてた話しと、今俺に問いかけた質問は一緒なのか?」
「全くの別物です」
「だよな」
「ですけど、もう大丈夫ですよ。昔から好きだった人に気が付いてもらえそうにないので」
「……?そうか。どんまいだな?」
なんでこの人は気が付かないんですか!?
昔から好きって言葉が頭を通ってないんですか?「昔から」ですよ!?
そんなの羽月さんしかいないじゃないですか!
どれだけ鈍感なんですか!
思わず叫びそうになるのを、ひき肉をこねる手で全て発散させる。
もしかしてだけど、私の恋路ってこれからすごく過激なものになるんじゃないかな!
来夏にも渡したくないから、早く決着付けたかったんだけどな!
「おーい。ひき肉潰す力、少し強すぎないか?」
「わーかってる!全部羽月さんのせいだからね!」
「俺のせいまじ?なんもしてないけど……」
「この、一途!鈍感!イケメン!優しいのか優しくないのか分からないやつ!バカ!」
「……すっごい言われようだな。ところどころ誉め言葉があった気がするけど」
ひき肉に今溜まっているうっぷんを全てぶつけるように、私は思ったことをすべて口に出しながら強くつぶす。
けど、一言だけ口には出さず、胸だけで叫ぶ。
――さっさと気付いてよ!ゆうちゃん!
本当に、この時の私はバカだったかもしれない。
ゆうちゃんっていうあだ名で呼んでいればすぐにわかっていたはずなのに、なぜ呼ばなかったのだろうか。
すぐに気が付いて欲しくなかったから?それとももう少しこの関係でいたかったから?
……違う。羽月さんに気が付いて欲しかった。
ただそれだけの理由で、私はあだ名を使わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます