第16話 理不尽な女

「何でもないです!私のことは構わず寝てください!」

「俺、好奇心旺盛だから、言いかけた言葉が気になるんだよね」

「絶対嘘じゃないですか!私、騙されませんよ!」

「ッチ。もし、言ってくれたら家に入れてあげるのになー?」

「今舌打ちしたから、その言葉も嘘ですよね!?ていうか、今日上がります!」

「……え?」


 今なんと?

 思わず固まってしまった俺は、慌てて首を振って聞き直す。


「今なんて言った?」

「羽月さんの家に上がりますよ?今日、バイトないので!」


 バイトがなかったら俺の家に来るのか……って違う!

 なぜこいつの中で、勝手に俺の家に上がることが確定してるんだ?

 ……いや、冷静に考えろ。鍵があるから入れないだろ。


「バイトがなくとも俺の家には来るな。というか、俺の家の鍵ないだろ」

「何当たり前のこと言ってるんですか?持ってるわけないでしょ」

「なんでこっちが、常識外のことを言ってるみたいな顔をするんだよ!」

「冗談じゃないですかぁ」


 植坂のいきなりの真顔は真剣みが増して、冗談なのだろうけど冗談に見えねぇ……。

 まぁもういいや。植坂と話してたら熱が上がりそうだ、というで体もうひと眠りしよう。


「早くどこか行っとけよ。植坂と話してると熱上がりそうだから、寝る」

「えーいやだなぁ。だけど、羽月さんの熱が上がるのももっといやだなぁ」

「だろ?だったら早くどっか行ってく――」

「――羽月さん。私を甘く見過ぎです!」

「というと?」


 いきなり言葉を遮って来たと思ったら、私のことを甘く見過ぎか……。

 見過ぎというか、見ざるを得ないんだけどな。


「熱のこと、嘘ですよね!」

「お?その根拠は」


 まさか、気づいていたとは。

 これは流石に甘く見すぎていたかも――


「――羽月さんが寝ている間に、おでこを触っておきましたから!」


 嘘だとわかっていたのはそういうことかよ!

 やっぱり、甘く見過ぎでいいじゃねーか!


 もし、本当にわかっていたのなら素直にほめようと思っていた俺は、飽きれ交じりのため息を吐き、布団を頭までかぶる。


「あーね。おやすみ」

「おやすみって……もっと真剣に聞いてくださいよぉ……!」

「やだね」

「じゃあいいですー!今日の放課後、一緒に帰ってもらいますからね!」


 はい?


「はい?」


 思わず口と心の目が同時に反応してしまい、一瞬脳がバグる。

 いや、このバグは植坂に勝手に決めつけられたせいでもあるな。


「俺は行かないぞ?」

「羽月さん」

「……はい?」


 なぜか植坂は意味ありげに微笑みだし、再度ベッドに身を乗り出して俺に近づいてくる。


「私、こう見えて、かなりモテるんですよね。ですから、羽月さんが私からのお誘いを断ったら、他の男子からなんて言われるんでしょうね。あー怖い怖いなー。さぞかし嫉妬の目を向けられるんだろうなぁ」

「それ、植坂も居心地悪くなるけどいいのか?」

「ですから、羽月さんには断ってほしくないんです」


 ……こいつ、ずるいな。

 まさか、俺の良心を使ってくるとは……。


「ずるいぞ……」

「羽月さんも、私と放課後デート出来てうれしいですよね!」

「いや別にうれしくな――」

「――よかった!うれしいんですね!」

「……俺の優しさに、感謝しろよ?」

「はい!」


 どうやら、俺の否定の声が耳に入ると、勝手に脳が全肯定しているように、言葉を入れ替えているらしい。

 本当に都合のいい脳のことだ。

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