第7話 幼馴染

 机の周りに気配を感じた俺は気疲れした体を起こし、目の前にいる昨日ぶりの春樹と斗羽と目が合う。


「どした。何かあったのか?」

「裕翔が朝から疲れてるなんて珍しい」

「……色々あるんすよ」


 今朝、俺は植坂と会わないように身体中の警戒レベルを最大にして家を出てきた。

 朝から警戒心マックスにしていたからなのか昨日の疲れがまだ取れていないのか、俺が気づかれしている理由はこの2つのどちらかだろう。

 どっちにしろあの人が関わっている以上良いものではない。


「あら、裕翔が俺たちに隠し事とは」

「俺にだって言えないことの1つや2つや3つや4つ、5つや6つぐらいあるよ」

「多いな……」


 この2人に「家が隣でした〜」なんて言ってしまった日にはボコボコにいじられる未来しか見えない。

 なんならあの人の味方になりそうで俺からすれば不幸しかない。だから言わない。今後とも絶対にな。


 あるはずもない未来を想像した俺は何もしていない春樹と斗羽を睨みつける。さすれば当然2人は首を傾げる。


「なんだ?睨みつけられるようなことしたか?」

「そういう思考に陥っただけ。気にするな」

「なら睨むのやめろって。怖い通り越して面白い」


 春樹の言葉に俺は更に睨みを強くする。

 俺が怒ったところ見たことないからって好き勝手言いやがって。覚えとけよ、俺は怒ったら怖いんだからな。


「やめなって春樹。裕翔が『俺だって怒ったら怖いんだぞ!』って考えてそうな顔してるよ」

「あ、ほんとだ。絶対怖くないやつの発言じゃん」

「そんなこと言ってもないし考えては……いたかもしれないけど、怒ったら怖いんだぞ」

「そうだなそうだな。裕翔くんが怒ったら怖いかもしれないな」

「――あっ、裕翔くんチャイムなったよ。早く座ろうね」


 こ、こいつら……!

 歯を食いしばって握りこぶしを握る俺だが、チャイムに逆らうことなど出来ず2人を睨みながら席についた。


 すると隣の席の女子から肩を突かれた。

 流石に春樹と斗羽の怒りを隣の女子に見せるわけにも行かない俺は、笑顔を取り繕って隣に目を向けた。


「どした?来夏らいか


 姫柊ひめらぎ来夏。彼女は俺の幼馴染で……婚約者でもある。伸びた黒髪と整った顔立ちは女優に負け無しだと思う。胸も大きいが、植坂さんほどではない。


 それこそ、春樹と斗羽に言えないことの1つがこれだ。今時親に決められて結婚とか周りに、なんて言われるかわからん。

 来夏本人には、もっと言ってくれと言われたが、来夏自身の事も考えたらそんな事を言えるわけがない。


「ちゃんと寝たの?随分と気疲れしてるように見えるけど」

「大丈夫。ちゃんと寝てるから」

「そう?なら他に理由が――」


 来夏の言葉を遮るように教室のドアが開いた。

 そこからは入学当初からずっと見ている女性教師の――相川千聖あいかわちさと先生が生徒たちを一瞥して入ってきた。


 瞬間、教室の中は静寂に包まれる。だが、その静寂は教師から発せられる貫禄で起こったものではなく、相川先生の華奢な姿を眺めるためだった。


「で、では!授業を始めますね!」


 小柄な体を、予め用意されていた台の上に乗せた相川先生は更に背伸びをしながら黒板にチョークを走らせる。


 どうやら先生とは言え、こんな華奢で子供らしい動作を無意識にしていたら生徒たちが無言で拝むようになったとか。

 無言で授業を受けてくれるという点で言えば嬉しいはずだが、どことなく親目線で見られるのはやっぱり恥ずかしいらしい。

 俺は特に拝むつもりはないが、来夏から視線を外して相川先生に目を向けた。


「なんで私にはあいつらみたいな口調で話してくれないの。それに幼馴染なんだからもっと話し掛けに来てくれてもいいじゃん」


 隣からなにか聞こえた気もするが……気のせいか。

 一応チラっと来夏の方を見てみたが、黒板の文字をノートに移しているだけだった。


 俺とは逆の隣の人と話してるとも思ったが、俺の聞き間違いだったようだ。

 俺も真面目にノートを取る来夏を見習うとしよう。


 再度、背伸びをして文字を書く相川先生の方に目を向け直した俺は、筆箱からシャープペンを取り出し、ノートに走らせる。

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