第5話 2人っきり
「2人っきりですね」
「……………………」
語尾に思わずハートが付きそうな言葉に、無言で眉間にシワを寄せる俺は、笑みを浮かべる女性を見下ろした。
可愛い女性にお持ち帰りを要求されたら誰だって即頷くだろうな。だが、俺はここまで粘った。勘がいい人なら分かると思うが、俺にはこの女性をお持ち帰れないそれ相応の理由がある。その事についてはまた追々話すとして、今はこの女性のことだよな……さてどうしようか。
まぁ一番手っ取り早いのは無視して帰るってことか。
女性への対処法を自分の中だけで提案を出した俺はそれを肯定し、無言で椅子の上から荷物を取る。
「やっとお持ち帰りしてくれる気になりましたね!では、帰りま――」
女性が俺の腕から手を離して目を閉じながら話しているときだった。
俺は忍びのように足音を立てず、かつ足早でワクドナルドを後にしようとする。
自分で言うのはなんだが、運動神経はいい方なので、そこら辺の女性よりも歩くスピードは早いはずだ。っと思っていたのだが、逃げる俺を見るや否や早歩きではなく、走って俺の方に向かってきだす。
「何勝手に行ってるんですか!置いてかないでください!!」
子供じゃないんだから店は走るんじゃないよ。と言いたかったが、無視して帰るという選択をしたので、そんなツッコミは口の中で封印しよう。
すると、もう逃さんと言わんばかりに俺の腕をホールドした女性は、頬を膨らませて睨みつけてくる。
「分かりましたから。もう逃げませんから離してください」
「嫌です。こんな夜に女性一人を帰らそうとした罰です」
「ならいつもはどうしてるんだ……」
俺の質問には答える気がないようで顔を背けた女性は相変わらずに頬を膨らませたまま。
顔だけはいいから男としての本能なのか、無理に拒むこともできん……。
ほんとこの体は素直だな!無理って分かってるなら罵倒でも何でもして離せばいいだろ!
自分の体に説教する俺の脳だが、当然それを聞き入れるのも脳なので俺の体が従うわけがない。
数歩歩いても俺の腕を離す気がない女性を見て、改めて本気だということを知り、俺は諦めの溜め息をついた。
「分かりました。あなたの家までだけですよ」
「お持ち帰りじゃないのですか……?」
「じゃないです。あなたの家まで送るだけです」
どうあがいてもお持ち帰りがいいらしく、一度目を合わせてくれた女性はまたもや顔を背けてしまう。
わからん。この人が考えてることが本当にわからん。なんでこんなにお持ち帰りを要求するのかも、なんで俺限定なのかもすべてがわからん。
「拗ねても無駄ですよ。家まで案内してください」
「意気地なし」
「意気地なしで結構です」
「臆病者。あっ、そこ右」
「臆病者で結構です」
なんやかんや言うものの、女性は素直に自分の家に案内してくれるようで、女性が示す方向に素直に従って進んで行った。
この道、俺と一緒だな、という一つの疑問を胸に抱きながら。
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