第2話
目が覚めると部屋の時計が十一時を指していた。
「もうこんな時間……って十一時!?嘘でしょ……」
だんだん頭がさえてくると、ことの重大さに気が付いた。
「遅刻だ……どうしよう。」
とりあえず顔だけ洗おう。
洗面台で鏡を見ると目が腫れた自分の顔が写っていた。
「昨日のせいだ……」
あんだけ泣いたから仕方ない。
なんかもういいや。今日は行くのやめよ。
着ようとしていた制服をしまって、その代わりに漫画や本を引っ張り出す。
「……暇。」
結局のところ、この本もみんなのお勧めで買ったもの。
あんまり面白さがわからない。
「はぁ、何しよう……」
正直、学校サボったことなんて生まれて初めてだから、何をしたらいいんだろう。みんな何するんだろう。というかそもそもサボったことあるのかな?
「散歩でもしよ。」
ベッドの中でうじうじしてても仕方がない。
そう思いカメラを手に玄関を出た。
とは言っても、計画なんて特にない。とりあえず桜で有名な近所の公園へ。
市内でもそこそこ大きな公園で、平日ながら花見の客がちらほら見えた。
他の客がいなそうな外れに向かう。
写真に他人が写るのが嫌だから。
カメラを構える。
はらり、はらりと舞い落ちる。
まるで白い春の雪。
あたり一面、白く染まる。
レースのような春の日が差し込む。
春風に梢が揺れ、
その先には水縹の空。
あぁ、これだ。
――カシャ――
「きれいだよな、桜。」
「え?」
声の主を探すと、
「
「俺も桜見に、学校サボってね。」
「……」
「そんな睨まないでよ。俺のこと嫌いなの?傷ついちゃうよぉ。」
顔に出てたかな。まぁ実際苦手だし。
いっつもテストで一位。彼のせいで私は一位になれない。
そしてこの性格。今だってほとんど初対面なのにこの距離の詰め方。
「それ、カメラ?」
咄嗟に隠した。
「カメラじゃ……ない……」
「いやいや、なぜ隠す。」
彼にはバレたくなかった。きっと風潮されて終わりだ、私にカメラなんて似合わないって。
「まぁいいや。」
そう言った彼は持っていたバッグからスケッチブックと鉛筆を取り出していた。
「絵、描くんだよ。」
私の視線に気が付いたのか、彼は準備しながら答えた。
「……そんな趣味あったんだ。」
「お、やっと興味持ってくれた。」
「違う、興味なんて、ない……」
「あはは、ツンツンしてる。」
彼は可笑しそうに笑っていて、少し癪に障る。
「写真撮れたからもう帰る。」
「つれないなぁ、少し見せて。」
「あ、ちょっと。」
近い!
私が話ながらカメラを確認している間に彼は準備が終わったのか、覗き込んできた。
「良いじゃん。」
「お世辞なんて、いらない……」
「いやまじで、俺の……何かをかけてもいいくらい真面目です。」
「……かけるものが思い浮かばないくらいふざけたんだ。」
真面目さが全く伝わってこない。
「ごめんって、いやでも、いいと思う。」
「もう分かった、ありがとう。じゃあ帰るね。」
「また明日。」
「明日は土曜、休みだよ。」
「あれ、そうだっけ。」
そんな彼の声が後ろから聞こえてきて、少し頬が緩みそうになる。
「あ、あと、写真撮ってるときの方がいい顔してた!」
彼に言われるのは何かあれだけど、少しだけ嬉しかった。
家に帰ると五時を過ぎていた。
「お、サボり魔だぁ。」
なんでお姉ちゃんがいるんだろう。いつもより早い。なんでサボって知っているんだろう。まさか学校から連絡あったのかな。疑問は次々に湧いてくる。お姉ちゃんはそんな私の気持ちを汲み取ったのか、
「今日はたまたま昼過ぎまでしか講義がなかったし、それにあんなにぐっすり寝てたらねぇ。」
「気づいてたなら起こしてよ。」
「起こしてもあんな腫れた目で学校行けなかったでしょ?」
自分でも分かるくらい顔が紅くなって、そっぽを向いた。
「なんか良いことあった?」
「え?」
「いつもより楽しそう。」
「……なに、いきなり……そんなこと。」
「ふふ、面白い妹だなぁ。顔、真っ赤。」
恥ずかしくてソファに顔を埋める。
なんか今日は変な感じ。
「ん……」
気づけばソファで寝ていた。
「起きたの?こんなところで寝て、みっともない。」
お母さんは軽蔑するような眼差しをカメラに向ける。
「カメラも程々にして勉強しなさい。」
「……はい。」
あんなに嬉しかった気持ちが台無し。
でも何も言えない。
私は子ども。
大人に従うしかない、無力な子ども。
「はぁ……」
誰もいなくなったリビング、吐いた息は消えていった。
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