もし、春、桜の下で君に出会わなかったら

短夜

第1話

「水野さん、ここの解き方教えてくれない?」

「ここは昨日授業で教わった方べきの定理を当てはめれば、はい。」

「え、全然思い浮かばなかった。ありがとう。」

勉強を教えれば帰っていく。

「ねえねえ、聞いてよ伊織。この前先生がさぁ……」

話を聞いてあげれば帰っていく。

別に私じゃなくてもいいじゃん。

他の人に教われば、他の人に話せば。

なんで貴重な休み時間を他の人のために使わないとなの?

みんな、私自信には興味なんてないのに。

自分、水野伊織みずのいおりがつまらない人間だなんて、とっくに気づいている。

まわりがどんな反応をするのか。

私自身、そんなことばかり気にして自分のことを話すのを躊躇っている。

周りの顔色ばかり窺っている自分がどうしようもなく惨めでかっこ悪い。

だから、自分が大っ嫌い。学校も。

みんな同じところに押し込められて、つまらないことでも我慢して。

まぁでも我慢してれば、じきに終わる。そう思って時計を眺めていること以外

何もできない。


「ただいま……」

返事はない。まぁ誰もいないから当たり前だけど。

別に家族自体がいないわけではない。両親は共働きでお姉ちゃんは大学生、だからまだ帰ってきてない。部屋で制服だけ着替えてベッドに倒れ込む。

「あぁ……疲れた。」

あと何回こんな生活しなきゃいけないんだろう。

ふと窓の外を見てみると、空には一番星が輝いていた。

窓を開ける。

電気を消す。

カメラを構える。

シャッターをきる。

ほとんど無意識だった。

もう癖のようになっている。

きれいな風景を見るとカメラを構えてしまう。

時々撮った写真を見返すと、空の写真が多いことに気が付く。

空の写真以外にも鳥とか、花とか、色々ある。でもやっぱり半分以上が空の写真だった。初めてカメラを使ったときも撮ったのは空だった。視界に収まらないくらいの大きな空が手に収まるくらいの小さなものになってしまうのが面白くて楽しくて。

いつもの日課をこなして、部屋を出るとお母さんがいた。

「おかえり……」

「テスト持ってきて、リビングにいるから。」

本当は今日、家に帰ってきたくなかった。

「また二位?いつになったら一位とれるの?それにこのミス、もう一回見直しすれば防げたんじゃないの?」

「時間がなくて…」

「前も同じこと言ってたじゃない。次は二位なんて取らないで。」

「……ごめんなさい。」

「ただいま……って何この空気。」

「あら、おかえり。ゆきも見てこれ。」

お姉ちゃんは机の上のテスト結果を眺めてため息をついた。

「……」

なんて言われるか怖くて俯いてしまう。

「別にいいじゃない二位。十分、十分。」

お姉ちゃんは猫の頭でも撫でるように私の頭を優しく撫でた。

泣きそうになって部屋に逃げ込む。

お姉ちゃんは優しい、こんな私でも可愛がってくれて。

お姉ちゃんは優しいだけじゃない。

頭もよくて、友達もたくさんいて、夢があって、楽しそう。

だからそんなお姉ちゃんのことが羨ましくて、同時にいくら足掻いても届かなそうで怖くなる。

いつの間にか泣いていた。

それに気づいたらもっと惨めで恥ずかしくて涙が込み上げてきた。

もうよくわからないや。

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