迷い猫 3

 僕は驚きつつ、少女に尋ねた。


「あの。きょうは、なにかのお祭りなんですか?」

「え? なに? お祭り? ちがうよ。いつもこんなんだよ」

「そうなんですか。でも、みんな、なにしてるんですか?」

「んー? なにって。あたしは、エン……とか。いや、ここに、いるだけなのかな……。ていうか、きみはなんなの? 小学生?」


 そう聞かれて、僕は答えに戸惑った。


「う、ん。それくらいかな。でも、小学校は、行ってないです」

「なに? 行ってないの?」

「はい。行ってないです……」


 すると、少女はうなずいた。


「いいよ行かなくて。どうせ、きみも、家に居づらいんでしょ。お父さんとか、お母さんとは、仲いいの?」

「いえ。わからないです。でも、育ててくれるひとは、います。でも、そのひとも、考えていることが、わからなくて」

「……そっか。そしたらさ、お姉ちゃんが、なにかおごってあげるよ」

「え? いえ、僕は……」

「いいから、きなって」


 そう言って、少女は僕の腕を引いて、コンビニの方へ向う。


「あたしはね、ユカ。きみは?」


 そう笑顔で言う少女へ、僕は答えた。


「幸次郎、っていいます」

「へえー、かっこいいじゃん。それじゃさ、コージ、って呼んでいい?」

「はい……」

「オッケー。じゃあさ、あたしのことはさ、ユカ姉とかってどう? うわ、やばい、弟ができたみたい。ねえ、どう?」

「はい。わかりました……」


 すると、ユカ姉は怒ったように指を突きつけてきた。


「その敬語やめなよ。すごく話しにくいよ」

「は、はい。うん………」


 すると、ユカ姉は満足そうに笑った。白い八重歯がちらりと見えた。


 そのとき、少し離れた石畳の上で、青い髪にピアスだらけの少年が寝転んで、顔をおさえていた。苦しそうにも見える。ユカ姉はこう言った。


「ODでキマってるんじゃね?」


 僕は聞き返した。


「OD?」

「うん。カゼ薬とかを、一気に飲むんだよ。オーバードーズっていうの? それで気持ちよくなれるんなら、ほっとけばいいよ」

「え……。死んじゃわないの?」


 すると、ユカ姉は寂しそうに言った。


「あいつ、ヒロっていうんだけどさ。いつも、死にたがってるよ。でも、あんなシャバいことやってても、死ねないけどさ。――この界隈にいるやつって、半分は、死にたがってると思うよ」


 僕には理解できなかった。死なんてものは、それほどいいものではない。僕も漣果さまも、生命にあこがれていた。僕は言った。


「死のうとするのは、よくないよ」


 するとユカ姉は、


「違うよ。それだけが、最後の自由だから」




 僕はユカ姉に続いてコンビニに入った。僕は雪片しか食べることはできないし、無理に人間の食べ物を食べると気持ちが悪くなってしまう。だから、「食べ物はいらないよ」と伝えた。


 すると、ユカ姉は「わかったよ」と言って、リップクリームを買ってくれた。


 コンビニの外に出ると、ユカ姉はリップクリームを僕の唇に塗ってくれた。桃のにおいがした。


「ありがと、ユカ姉」

「うん。悪くないでしょ? あたしも、お腹が減ったときとかに、リップクリーム塗ってたからさ」


 そう言ってから、ユカ姉は石畳の上にかがみ込んで、ペットボトルの紅茶を開けて飲みはじめた。僕もその前に座りこんだ。




 そのとき、ユカ姉はスマートフォンを見ながら、「げっ」と声を出した。


「なに、どうしたの?」


 と僕は尋ねた。


「あー。こないだ、やばい客がいてね。そいつから連絡がきて。とにかくやなやつ」


 ユカ姉はスマートフォンをしまった。




 それからしばらくして、ユカ姉は話しはじめた。


「あたしさ。家は都内にあるんだ」


 僕は尋ねた。


「家は近いの?」

「うん。まあね……」


 そうして、ユカ姉は自分のことを少し語った。


 ユカ姉は今年で十七歳になるらしい。実父から虐待を受けて、家出をしはじめたという。二年ほど前からこの界隈にくるようになり、ホテルや漫画喫茶に泊まるらしい。


「お金はどうしてるの?」


 と僕が聞くと、


「十分稼げるよ。我慢すれば」


 と、うっすらと笑った。




 そこで、ちょうど別の少女が通りかかった。水色のスカートに、白いシャツを着ていた。濃いアイシャドウのせいか、目元がきつく見えた。


「あー! ユカ? なにその子、彼氏?」


 ユカ姉は笑いながら、


「違うよ。さっき知りあったの。どこの子が知らないけど」

「へえー。こんどさ、またお店行こうよー」


 そんな誘いに、ユカ姉は手を鷹揚おうように上げて愛想よく答えた。


「そうね。行こうねー。きょうも行ったの?」

「うん。行ったけど、お金なくてさ、フィリコとチェキだけー。これから稼ぐけど」

「よくやるねー」

「まあね。じゃあねー」


 そう言って、少女はまた歩いていった。僕はユカ姉に尋ねた。


「友達? 仲良さそうだね」


 すると、ユカ姉は急に冷淡な声で、


「友達じゃないよ。たんなる知りあい。あの娘、メンコンにはまってて、ツケとかメチャクチャだから。関わんないようにしてる」

「メンコン?」

「そうね。メンズコンセプトカフェ。まあ、夢の国なのかな。魂をチューチュー吸われる、夢の国。…………あの娘、ちゃんと、帰るところがあるのに。ファッションでこの界隈にきて、おかしくなっちゃった。バカね」


 そう言ってまた、ユカ姉はペットボトルの紅茶を飲んだ。


 騒動があったのは、そのあとのことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る