魔力補給部隊は最前線へ魔力を運ぶ

石亀

プロローグ


 魔法がある世界の戦争において


 魔法とは攻撃である。


 魔道具とは兵器である。



 魔力とは弾丸である。


 




 ――光暦1904年 ヘンデンソ森林にて――


「この魔導時代に荷馬車とかありえないと思うんですよ」


「今は魔車がとにかく足りないから、しょうがないさ。少年は大丈夫か?」


 荷馬車から身を乗り出し、大地を吐しゃ物で汚していた僕――サリク・コーデマン二等兵はなんとかその問いに答える。


「は、はい。だいじょう...っぷです」


「少し我慢したら砦に着くから頑張ろうね」


 そう言って背をさすってくれる中尉に礼を言おうと、口に付いた汚れを袖で拭い、身を起こす。


「あ、ありがとうございます」


 横を見ると、真っ先に美しい銀髪が目に入る。

 目の前でニコニコと僕を見ている中尉はまだ12才ぐらいであろう少女である。


「まあ、そのうち揺れなんざ慣れてくるさ」


 そして馬を御している男――准尉は鍛えられた肉体を持つ中年であり、右目と左足の膝下を持ち合わせていない。


 少女と傷病兵、それに新兵である僕を含めたこのたった3名の分隊は戦場に向かうには似つかわしくなく見えるだろう。


 しかし、僕らが所属する魔力補給部隊においては珍しくもないことなのだ。



 ーーー




 僕は砦に着くとすぐ荷馬車から飛び降りた。

 しっかりとした大地を踏みしめる。


 今ほど大地の偉大さをかみしめたときもないだろう。


「気持ちはわかるが、荷下ろしの手伝いをしな」


 准尉が苦笑いをして言う。僕はあわてて仕事に取りかかる。

 荷下ろしをしていると一人の軍人がこちらに来た。

 制服を見る限り、砦における魔力補給を取り仕切っている人物なのだろう。


「准尉殿、お久しぶりですね」


「ああ、懐かしい顔だな」


「時間があれば昔話にでも興じたいところなのですが、我らの時間は少ないのですし、まずお仕事をしてもらっても?」


「もちろんだ」


 横目で二人を見ていた僕の袖を中尉が掴む。


「少年、まーくんに会いに行きますよ」


「まーくんって誰ですか?」


 准尉は楽しそうに歩きながら答える。


「少年は、魔石を知らないのか?」


「!?もちろん知っています!」


「なら、よろしいです。私たちの役目を果たしに行きましょうか」


 僕はあわてて准尉と中尉を追いかけ、砦の奥深くにある部屋に入る。


 そこには数人の兵と沢山の黒いクリスタルのような石があるのみだった。


 准尉と中尉は慣れた様子でそれ――魔石を掴む。と同時に魔石の艶は増し、黒く光を反射する。


「少年もやってみな」


 准尉に促されて僕も一つの魔石を手に取った。


 慎重に魔石をつかみ、魔力を込める。間近で見る魔石はとても美しかった。


 一つ終わったら次へ、次々と魔力を込めていく。


 僕の込めた魔力が祖国の敵を穿つ弾丸になるのだ。そう考えると魔力を込める手に力が入った。


「少年、魔力残量は大丈夫か?」


 准尉に声をかけられて、はっとして手を離す。少し魔力を入れすぎてしまったかもしれない。まあ、僕が持っていてもしょうがないものだ。


 僕は魔石から離れる。准尉も補給は終わったようだ。


 ただ、中尉はまだ魔力が切れないようで、魔力を込めては次と、すさまじいスピードで沢山の魔石に魔力を込めている。


「すごい......」


 思わずつぶやいてしまった。どうしたらあんなにも魔力をつめることができるのだろうか。


 しかし、中尉の補給もしばらくして終わり、僕らは部屋から出ていこうとする。


「ありがとうございます!」


 部屋にいる兵が声をかけてきた。


「別に感謝されるようなことじゃないさ。この魔力は国民から集めたものだし、小官らはそれを運んだだけだ」


 中佐はそう言い、微笑むと部屋を出る。僕もその後を慌てて追った。


 荷馬車へ戻る途中で兵士たちが中尉に話しかけてくる。中尉は正に人気ものであった。多くの兵は故郷の娘や妹などを思い出しているのだろう。表情が和らいでいる。


 中尉が兵士たちと無邪気に戯れているのを見ていると思う。


「魔力をたくさん運べるからって子供を戦場に連れてきていいんでしょうか? 魔石で運べばいいのに」


 思わずつぶやく。横にいる准尉も中尉を見つつ答える。


「魔石は精々1日しか魔力を貯めておけないし、何回か使えば使い物にならなくなる所詮は使い捨てさ。その点俺らは魔力を貯蓄する器としてのロスが少ない。まあ、それでも魔石よりは価値の高い使い捨て程度か」


「はあ」


「......まあ、あいつは違うが」


「え?」


「いや、何でもない」


「そう、ですか。僕も混ざってみてもいいですかね?」


 冗談で、中尉と中尉をかわいがる人の輪を指してみる。


「やめろ」


 低い声で返された。


「中尉は幼い少女だからいいが、少年の場合、あの集団の中にも同い年の人物がいるだろう。実際に戦う兵として、戦えるのにも関わらず、補給という役割をしている者をよくは思わないだろうさ」


「そう、ですよね」


 確かに、それは怒りが湧くかもしれない。


「でもな、補給っていうのはすごく重要だ。食料が届かなければ、兵は飢えるし、魔力が後方から届かなくなれば、兵は実質戦えなくなる。そこはきちんと認識しておきな」


「はい!」


 僕は元気よく返事をする。


「二人は何を話してたんです?」


 中尉が集団の中から戻ってきて、問いかける。


「いえ、ちょっとその......そう、呼び方の話をしてたんです!」


「呼び方?」


「ほ、ほら、さすがに”少年”は何というか」


「ふむ、つまり少年は、二等兵! と呼ばれたいのですね?」


「......いえ、少年の方がいいかもしれません」


「中尉は基本、階級呼びをするからな。少年呼びする方が珍しいぞ」


「そうなんですか?」


「無駄に委縮されるのもいやですから」


「中尉はそういうところ本当に」


 准尉と中尉は親しそうに歩く。


 ぎこちなく義足を使って歩く准尉と小さな体に対して大きな小銃を背負い歩く中尉。


 その後ろ姿は不思議と頼もしさが感じられて、僕は彼らについて行きたい、いや追いつきたいと、そう思った。






「では、帰りますよ!」


 荷馬車が出発し、もと来た道を引き返し始める。


「少年はまた吐いたりしないでくださいね?」


「もちろんです!」


 僕の返答を微笑んでみていた中尉の顔から笑顔がすっと消える。


「防御結界を! 襲撃です!」


 中尉の声が響き渡る。


 僕は慌てて腰についている魔道具に魔力を流す。


 結界が発動し、自分の周りに膜ができるが、薄い。


 魔力が少ない。これじゃあ...





 腹?胸?わからない。ただ自分のどこかを何かが貫いた。


 荷馬車に体が倒れていく。


「くっ、少年!」


 中尉は横から飛んでくる魔弾を局所的に結界を展開することで防ぎつつ、叫ぶ。


「なぜこんなところに敵兵が!」


 准尉の悪態が聞こえる。


「私たち狙いの魔狩りと予想、数人、馬なし、身体強化ありです」


 中尉は小銃を構えながら報告する。


「倒せるか?」


「いや、これは振り切るのが得策です」


 中尉はそう言うと、しゃがみこむ。


 そして、手際よく倒れた僕の傷を見る。


「ああ、だめですね」


 彼女はそう言うと顔から感情を消して立ち上がる。


「サリク・コーデマン二等兵、貴官の死は王国の勝利のための礎となるであろう。だから、少年――」


 彼女は感情のない表情のまま口角だけを上げる。


 そこからは何の感情も感じ取れないのに、なのになんで。



「――安心して死んで?」



 なんで彼女はこんなにも痛々しげに見えるのだろうか。



 背中を蹴られた感覚とともに体が持ち上がり、荷台の外へと放り出される。




 僕はつい先ほど地面にまき散らした吐しゃ物を視界に収めた。










 ーーー




ヘンデンソ森林における特殊魔力補給部隊への襲撃について


砦より南西方向に100ほど離れた場所での襲撃。


近年多発している所謂の一例であり......



中略



此度、戦死したサリク・コーデマン二等兵は一階級特進した。


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