第6話

 それから明けて二日目のことは覚えていない。ひたすら、律子が自分を気にしているとか、相澤たちが、部屋を抜け出して狭山たちのところへ遊びに言ったとか、いろんなことが凪の頭に留め置かれたが、ただつらいだけで、凪の気持ちを前向きにはしなかった。

 

 そうこうしている間に、三日目の祭になった。

 皆が楽しげにキャンプファイアーを囲んで踊っているのが小さく見える。

 凪は遠く、遠く離れた茂みから、律子とそれを眺めていた。

 凪は、ようやく帰れると思うと律子に申し訳なくなってきた。

 律子は自分を思ってくれたのに、自分のせいでまったく楽しくなかっただろう。


「りっちゃん、踊ってこよう」

「なぎちゃん」

「私のせいでごめんね」

「ううん、本当にごめんね」

 

 でも、本当に狭山は――

 

「それはもういいの」

 

 凪はむりやり笑ってごまかした。


「りっちゃんと楽しく遊びたい」

 

 黙るしかない、そんな様子で律子は黙った。

 そして、同じように無理に笑った。

 

「よし、踊ろう!」


 そして、手を取り合って、キャンプファイアーに向けて走り出したときだった。

 

「痛っ!」

 

 律子が叫んだ。

 

「りっちゃん?」

「いった……なに?」

 

 律子は片足を持ち上げた。暗がりのせいで、よく見えない。

 サンダルを履いた足から、小枝が飛び出している。

 

「あっ……」

 

 律子が絶望的な声を上げた。凪も肝が冷えた。細い枝だが、たぶん刺さっている。


「やばい。無理……」


 律子が泣きそうな声を上げた。凪は一瞬呆然としたが、唇を噛んだ。

 

「りっちゃん大丈夫だよ。とにかく座れるところに行こう」


 凪は律子の腕を、肩に担いだ。

 

「大丈夫だからね。よっかかって」

 

 凪は律子を背負い、歩いた。律子は片足で、ぽんぽんと歩いた。泣き声が耳元に響いて、凪は悲しくなった。

 あんな茂みにいなければ……自分のせいで、律子に怪我をさせてしまった。

 絶対に大丈夫、そう声をかけ続け、律子を明るい石段のところへ連れて行き、座らせた。

 小枝はやはり、律子の足の親指に刺さっていた。

 泣き出した律子の背をさすっていると、伊藤がやってきた。

 

「どうしたの」

「りっちゃんが、足を怪我しちゃったの」

「えっ! 大丈夫か?」


 凪は伊藤があらわれたことに安堵した。

 

「先生を呼んでくるから、伊藤君ついててあげて」

「えっ」

「おねがい! りっちゃん、絶対大丈夫だからね。すぐ戻るからね」

 

 いうが早いか、凪は駆け出した。 

 

 速く、速く!

 凪は先生を呼びに走った。

 キャンプファイアーのところか、宿泊施設のところに先生はいる。

 場所から言って、宿泊施設のほうが近かった。

 来た道を走っていると、ちょうど前からきていた人と、ぶつかりそうになった。

 

「ごめんなさい!」

 

 凪は走って通り過ぎようとした。しかし、はたと思いつき、影に向かって話しかけた。

 

「ねえ、先生中にいた?」

「えっ」

「先生を探してて……怪我している子がいるから、呼びたいの。いた?」

 

 凪はいっせいに話した。相手が黙り込んでいる。そこで、この人にあせっても仕方ないことに気づいた。


「ごめん、自分で見てくる」

 

 また走り出した。

 駆けて、駆けて、あの池の近くにまで来る。

 けれど、凪は気もつかなかった。

 ここを越えたら、施設につく。そのことのほうが嬉しかった。

 

 そこで、いきなり腕をつかまれる。

 

「ひっ!」


 思わず漏れた悲鳴にも、相手の手はゆるまなかった。

 

「そっちに高田先生いない。キャンプファイアーの方」

「えっ?」

「救急箱持ってる先生」

 

 声の主は、狭山だった。


「さっき声かけてきたじゃん」


 凪が呆然としていると、狭山が憮然と言った。

 

「はやく行こう」


 狭山の顔を見た瞬間、凪は無性に泣きたくなった。

 けれども、律子の顔を浮かべて耐えた。狭山に返事はせず、うなずいて、もと来た道を歩き出した。


 池を通り過ぎたところで、凪は少し冷静になった。

   

「ありがとう」

 

 狭山に礼を言った。

 狭山が知らせてくれたおかげで、時間を取られなくてすんだ。

 狭山は、黙っていた。凪も何も言わなかった。

 

「急ごう」

 

 と言って、駆け出した。


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