第5話

「ねえ、なぎちゃん」


 お風呂に浸かりながら、律子は凪に話しかけた。凪にすいすいと顔を寄せると、耳打ちした。

 

「これからさ、狭山に告白しなよ」

「えっ……だからそれは……」

「まあ、聞いてよ」

 

 律子の目は本気だった。

 

「ここってさ。ホタルがすごい見れるとこあるんだよ。池のとこ」

「うん」

「でね、好きな子と一緒に見たら永遠に結ばれるんだって」

 

 律子は凪の手をとった。

 

「もうそこでいくしかなくない?」

「でも、そんないきなり」

「私はずっと前から考えてたし!」

 

 律子の手はお湯に負けず熱かった。

 

「絶対うまくいくと思うよ。そしたら、三日目のお祭りとかも一緒に回れるじゃん」

「……」

 

 ホタルのことは、凪も知っていた。好きな人がいるというのは、そういうことだ。

 

「もう交代になるからはやく出てよね」

「はーい。……考えててね」

 

 相澤たちに言われて、話は打ち切りになった。

 しかし、凪の頭の中で、ずっと律子の言葉は残っていた。

 あとで加えて律子が話したことによると――夜、お布団に入る前の自由時間、その時を狙って行くらしい。

 狭山のことは、伊藤に頼むそうだ。

 

 レクリエーションの時間中、ずっと考えていた。狭山の姿が、視界にはいるたびに、心が揺れた。

 今、ここでいくしかないかもしれない。

 もっと近くなりたい。

 相澤たちと話す狭山を見て、そう思った。


「よし! まかせといて!」

 

 律子にその旨を告げると、待ってましたとばかりに、律子は伊藤にLINEをした。

 伊藤からの返事が返ってくる数分間、ものすごく長いものに感じられた。

 

「わかったって!」


 凪はもう戻れないと思った。

 体中から心臓の音がした。顔が真っ赤なのがわかった。

 それでも、凪は髪をとかし、リップクリームを塗り、少しでもきれいに見えるよう努力して、例の池へと向かった。

 池にはぐるりと柵があって、律子とそこにもたれた。

 

「大丈夫だから」

 

 律子が凪の背をさすった。怖くて仕方なかったが、同時にワクワクするような、そんな気さえしていた。

 あたりは暗くなりだしていた。

 しかし、ホタルはいない。

 狭山も来なかった。

 凪は不安になりだした。律子はずっとスマホをいじっている。

 凪は、悪い予感を信じなかった。

 

「何やってるんだろうね」

 

 律子がふざけて言うのに、凪は笑い返した。笑えているのか、わからなかった。

 

 それでも、待っても待っても、狭山は来なかった。

 あたりは真っ暗になっていた。ホタルもでなかった。

 

 しばらくして、黒い人影が近づいてきた。

 律子は、嬉しそうにして――それから顔をしかめた。

 

「伊藤」

「ごめん。ちょっと」


 伊藤が、律子を連れて行った。

 律子は何か怒ったように言っている。

 凪は一人、柵にもたれながらぼんやりしていた。

 自分の手さえ見えない暗いところだ。こんな危ないところ。

 律子はものすごく落ち込んだ顔で戻ってきた。

 

「ごめん。来れないんだって」

「うん」

 

 聞こえていた。

 

『行きたくないんだって』

 

 伊藤自体、こういうことに乗り気ではない、そんな様子だった。

 

「本当にごめん」

「ううん。帰ろう」

 

 涙が目元に浮かんでいるのがわかった。なのに、声も震えないのが不思議だった。

 こんな泣き方もできるんだと自分に感心していた。

 

 先生たちにばれず、叱られなかったのは幸いだった。

 凪はそうそうに布団に潜り込んだ。

 舞い上がった自分が恥ずかしかった。


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