第4話

 キャンプ場について、先生からの挨拶がすむと、まずはお昼ごはんの準備となった。

 

「お腹マジ減ってんのに、支度とか……」

「減ってるの? 酔わなくてよかったね」

「それはそうだけど……」

 

 虚無の表情で、薪を切る律子に、凪は大笑いする。

 

「あっ笑ったな、人の不幸を。なら、これを切れ!」

「はいはい」


 にゅっと差し出されたナタと木を受け取る。

 軽く受けあったものの、凪はナタに身構えていた。

 しかし、自分だけ切らないのも卑怯だし、何より、やってみたい気持ちもある。

 意を決して、木にナタをあてがい、とんとんと丸太に叩きつけた。


「うまいじゃん! なぎちゃん木こりの才能あるよ」

「ふふん」

  

 やってみると楽しかった。

 凪は調子づいて、何本も薪を切った。


「やってんなー」


 ふいに後ろから声がかかって、凪は驚いた。振り返ると、伊藤たちだった。


「わっ、急に声かけないでよ。危ないなあ」

「りっちゃんサボってんじゃん」

「サボってないですー応援してるし!」

「牧田さんばっか切ってるし。なあ」

 

 伊藤に急に声をかけられて、凪は慌てた。

 

「ち、違う。私がずっと好きで切ってるだけで」

「え、ほんとー?」

「ほんとだし! なぎちゃん超プロってるんだから」

「そうなん? 見せて」

「えっ」

 

 伊藤が身を乗り出し、凪の隣にしゃがんだ。伊藤の顔を見ると、にこにこと目で促された。

 凪はおずおずと木を切り出した。

 さっきよりややぎこちない音が響く。

 

「へーうまいなあ」

 

 伊藤は感心したふうに見ている。凪も調子が出てきて、さっきと同じように切り出した。


「ね、うまいでしょ」

「うん。意外」 

「意外って何よ」

「りっちゃんのほうが得意そうじゃん」


 伊藤がすごい形相で、木を手で裂く仕草をした。

 

「テメエ、ぶっとばすぞ!」


 律子が伊藤に掴みかかる。凪は笑いながら、次の木に取りかかった。

 

「あれ?」

「どしたの、なぎちゃん」

「うん。これ、すっごいかたい」

  

 硬いかたまりのようなものが木にあって、刃を通したはいいが、そこから進まない。

 ひこうと思っても、抜けなかった。

 凪は困ってしまって、木の刺さったままのナタを少し持ち上げた。


「大丈夫? ちょっと貸して」


 律子がナタと木を掴んで引っ張った。びくともしなかった。


「かった。伊藤、抜いてよ」

「しかたないなあ」


 伊藤は律子からナタをパスされると、律子と同じように抜こうと試みる。しかし、やっぱりびくともしなかった。

 

「抜けてないじゃん」

「いや、まだ本気じゃないから!」

 

 わいわいと騒いでいると、向こうから薪を持った伊藤の班の相澤たちがやってきた。

 

「伊藤くん、さっきからさぼんないでよ」

「あ、ごめん!」

 

 伊藤は謝ると、凪にナタを返した。

 

「ごめん、これ、抜けなくてさ。手伝ってもらってたんだよ」

「そ、そうなの私が……」

 

 律子が相澤に謝る。凪もうなずいた。相澤は冷めた顔をした。

 

「自分の班の子に頼んでくれる?」

「遊んでたら日が暮れるから」

「いこ!」

 

 相澤たちは、伊藤を連れて行ってしまった。

 

「あんな言い方なくない?」

 

 律子は不満げにもらした。凪は、原因が自分にあるので、たいそう居心地が悪かった。それでもナタは抜けない。班の子みんなに頼んでみても、抜けなかった。

 

「うーん、先生に頼んでくる」

 

 律子はその場を離れた。凪は、待っている間、ナタをこんこんと丸太に打ちつけていた。

 

 ふいに、後ろから手がのびてきた。

 

 「えっ」

 「貸して」

 

 振り返って息をのんだ。

 

 「狭山君」

 

  狭山は凪の言葉には応えず、凪の手からすいとナタを取った。

 

 「離れてて」

 「う、うん」

 

 有無を言わせない調子だった。おろおろと凪が丸太から離れると、狭山は肩くらいまでに掲げたナタを、思い切り丸太に振り下ろした。

 大きな音が立った。凪は、やや呆然とそれを見ていた。ナタが、木の半分まで食いこんでいた。

 もう一度振り上げる。

 また、ナタが進む。狭山は次はもう思い切り振らなかった。

 ならすようにとん、とんと叩きつけると、木がまっぷたつに割れていた。

 

「すごい」

 

 驚きの中で、言葉になったのはそれだけだった。狭山の横顔をじっと見ていた。

 狭山はナタを置くと、そのまま歩いていってしまった。

 

「あ、ありがとう!」

 

 なんとかかけられたのはそれだけで、狭山はそれにも返事をしなかった。

 凪は割れた二つの木を持った。じいんと胸にしみるような心地がした。

 

「あれっとれてる!」


 帰ってきた律子が、驚きの声を上げた。凪の持つ木と、ナタを見て、首をかしげた。

 

「狭山君がさっき……」

 

 妙に気恥ずかしい思いでそれを言った。律子はぽかんと開けていた口を、笑みの形に変えた。

 

「まじか」


 どんと小突いてくる。


「うん。なんかふらって来て、切ってくれた」 


 凪は自分が笑っていることに気づいた。 

 

「すごい力で振り下ろしてね、二つに切っちゃったんだよ」 

「ほうほう。すごいじゃん」

 

 恥ずかしかったが、凪もこの嬉しさを誰かに伝えかった。声が弾むのを止められなかった。

 

「かっこよかったな」

「ひひひ。そうか!」

 

 律子が嬉しそうに肩を組んだ。

 凪はくすぐったくて、嬉しくて仕方がなかった。


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