第2話


「おはよう!」


 律子が、そこに向かって声をかけたので、凪は心臓が飛び上がらんばかりだった。

 律子の声に、その集団がくるりと振り返った。

 

「りっちゃんらか。黒くて誰かと思った」

「はあ? そっちこそ真っ黒すぎ。プールどんだけ行ったんだって」

「サッカー。プールとか行く暇ないです」

「ほーん、そりゃおつかれ。昨日寝れた?」

「子供か。バチクソ寝たって」


 集団の中で、一番律子と仲良しの伊藤が笑って話している。凪は身の置き場がなかった。けれども、どうしても、集団の後ろに、立っている狭山に目が行った。

 つまんなそうに、この話を流している。

 それだけで、心がしおれそうだった。早くこの場をさりたい。でも、ずっと同じ場所にいたい、そんなあべこべな気持ちがあった。

 

(こんなつまんなそうにしてるのに、絶対にないよ)


 凪は律子の背をややうらめしげに見た。

  

「狭山ってさ、なぎちゃんのこと好きらしいよ」

 

 律子に耳打ちされた。

 夏休み前のことだった。

  

「えっ?」

「マジだよ。伊藤が言ってたもん」


 内緒に言われてたから、内緒ね。

 凪は狐につままれたような顔をして、ちょうど伊藤と話している狭山を見た。

 狭山は、いつもどおり、何かけだるそうに伊藤に肩を組まれていた。

 でも、けっしていやなかんじではなく、口元には笑みが時々浮かんでいた。

 

 狭山君が、私を好き?

 

 凪はびっくりしてしまった。

 狭山に好きな人がいるなんて。それも自分……

 

 そう思った瞬間、何かものすごく、くすぐったいものが、凪の胸を走りぬけた。

 ふわふわとした、甘い感覚。

 不意に、狭山が顔を上げた。

 自然、目があう。

 伊藤が、狭山を意味有りげに小突いた。狭山は小突き返す。

 ただ不快だとか、そういう感情じゃない、狭山の表情は少し複雑だった。


 その顔の意味を考えた時、

 

(あっ)

 

 凪は、狭山の顔がまともに見られなくなっていたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る