第11話

 ――夜。

 ときどき、眠っているさとを抱きしめて眠るようになった。

 いつまで、こんな風にして、おれは生きていくんだろう。

 これからは、あまりに長くて遠い。だから、さとを抱きしめていなくではならない。

 さとは、おれに気づくとおれを抱きしめ返す。

 胸に顔を埋めると、何か遠いところに還る気がした。


「母ちゃん……」


 やわらかい腕は、おれをじっと撫でていた。




 私は眠る兄の、髪を撫でる。窓からこうこうと月がさしていた。

 なぜだか頬がぐっしょり濡れて、息がうまくできないでいた。

 兄ちゃん、兄ちゃん、お母ちゃんはもうおらんで。


「お母ちゃん」


 私はなつかしいそれを口にした。

 その時の女――母の顔――を、私はなんと言えばいいだろう。私まで黙ってしまった。

 私たちはしばし見つめ合った。


「ママ、どおしたん?」


 下の子どもが、母の上着の裾を引っ張った。母は、はっとなり、子どもに笑顔を作った。


「何でもないよ。いこか」


 そう言って、向こうに歩いて行ってしまった。

 手の中の餃子の皮は、汗をかいて濡れていた。


 母は綺麗な服を着て、肌も髪の毛も、つやつやしていた。子どもも傷一つ、ついていなかった。

 母は、違う世界の人だった。ナプキンを三つくれるような人になっていた。母は自分だけ、あっちへ行ってしまったのだ。

 体が布団を抜けて、落ちていくような気がした。


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