第9話

 殴ってしまった。ずっと、ずっと踏ん張ってきたのに。

 気づいたら、三崎が顔をおさえてひきつった泣き声をあげていた。

 手で覆われた頬は、どうなっているのかわかった。だって、思い切り振り切ったのだ。重い肉の感触が手に残っている。

 もうおしまいだ。

 あたりが騒がしくなってきた。なのに、いまいち音が聞こえない。


「二度とつら見せんな」


 おれはその場を後にした。


 気づけば家に帰っていた。さとが二人分の布団をしいて、眠っている。

 おれは、布団にもぐり込んで、さとを抱きしめた。

 ふいに、さとが目を覚ました。身じろいで、おれに向き直る。

 ぼんやりと笑って、おれを抱き返した。


「にいちゃん」


 はりだした胸があたる。硬くてやわらかい体だった。もう昔とは違う。

 吐くように漏れ出てきた嗚咽をこらえる。

 何もかも変わってしまった。

 そう思えたらよかった。けど、さとだけは変わらなかった。


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