第5話

 酒を飲むのは嫌いだった。

 親父は、酒を飲んでは怒鳴り散らし、暴力をふるった。

 母親は、耐えかねて逃げ出していった。

 残されたおれとさとは、二人で父に立ち向かわなければならなかった。

 さとは、酒を飲んだ親父のことを親父とわからなかったのだろう。いつも「鬼が出た」と言って泣いていた。

 白い唾を飛ばし、赤黒い顔で拳を何度も振り下ろす親父は、確かにもう人間じゃなかった。

 

 あの血が流れてる。

 そんなことはずっと知っていたはずだった。

 けどある日それが、たしかな実感としておりてきた。

 ひげをそるために、鏡を見ていた時だった。

 ぞっと足先から、のぼるように血の気が引いた。

 一度知ると、それは必ず、おれに襲ってきて、思い出さないほうが少なくなった。

 おれは、必死で逃げた。

 そういう時は、いつもみたいに踏ん張るんだ。

 気づいたのは、酒に手を出してからだった。


 酒を飲むおれを、さとは不思議そうに見ていた。怒らなかった。何もさとは知らないのだ。

 三崎は、おれがすさんでいくのを、心配し、恐れていた。

 三崎の父親は、正体をなくすほど、酒なんか飲まない。だから、仕方ない。わかっていた。

 わかっていたから、もっと飲んだ。

 何も考えたくない。そんなおれの気持ちを、誰もわかってはくれない。

 太陽はのぼって、金は必要で、さとは何もわからなくて、三崎はとてもやさしく心配している。

 吐き気がしそうな怒りがおそってくるのを、ずっと耐えねばならなかった。


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