第3話

 親父が死んで、さとと二人になったのは、さとが九、おれが十八のころだった。

 もうとっくに働いてたし、施設にはいかなくてすんだ。

 「ふたり」になった部屋で、さとは「ばんざい」した。


「兄ちゃん、兄ちゃん」


 おれに抱き着いてはしゃぐさとは、たぶん何もわかってなかった。



「江藤、こっち頼む」


 運んできた荷物を置いて、呼ばれたほうへ向かう。ひとさまの床に、ぽたぽた汗が落ちた。

 おれはひとつの仕事にいつけず、いろんな職を転々としていた。

 今日は引っ越しの仕事をしている。

 ひとつのことをこなしたら、また次をまかされる。はいはいを繰り返す歯車になって、毎日を過ごす。汗だくになって、得られるものはさして多くない。

 けど、それがどうしても必要だった。

「江藤さん、お疲れ様です」


 休憩になって、茶を飲んでいると三崎が笑いかけてきた。

 大学生で、友達との旅行のために入ったらしい。


「やっぱり、人生経験つんどかなあかんやないですか?」


 就活のためにも、そう言って笑った。

 いつ見ても、きれいな髪と顔つきだった。


 ずっと流れの強いところにいる。

 そこを踏ん張っておれはやってきた。さとを抱えて、「大丈夫や」と言いながら――自分が流されないように。

 さとは、おれが頼りないと泣くから、おれは必死で踏ん張る。

 

 三崎とおれが寝たのは、それからしばらくしてだった。

 何を思ったのか、三崎は俺が気に入ったと言って、何くれと世話をやいてきた。


「ちゃんと食べな、体に悪いですよ」


 おにぎりとサバスを渡してきた。意味がわからなかった。

 三崎の家には門限があって、送って行っても、家の近くで分かれた。


「お父さんがたぶん見てるから」


 嘘だと思った。

 もし本当なら、ずいぶんいい暮らししてる。そんなことは前からわかっていた。けど、まざまざと感じると肌の中が焼け付くようだった。

 三崎の笑顔は、そもそも全部が遠いところにあった。

 そう思うと、髪をひっぱって、顔をむちゃくちゃにしてやりたい、そんな衝動にかられた。

 同時に、そんな三崎を大事にしなくてはならないと――脅しのようにおれの何かが言っていた。

 だから、おれは、三崎の髪をなでた。できるだけ、優しく。


 三崎とわかれて帰ってくると、さとが布団を二人分しいて寝ていた。

 さとの顔を見ると、心の中心が、ちゃんとしたところに戻る気がした。

 丸みのある頬を触ろうとして、やめた。


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