第6話

「紫に拒まれた」


 栄太が元気がないので、訳を聞いたらそう言った。

 キスしようとしたら、「待った」をかけられたらしい。栄太はうなだれていた。

 私はひどく安堵していた。けれど、栄太の屈辱へ、激しく共感もしていた。だから、ことさら優しい気持ちになった。


「あいつのことがわかんねえよ」

「何も、俺に興味がないみたいなんだ」

「何も言わないし。なら、せめてキスくらいさ」


 ひたすら、暗いよどんでかすれた声で、紫への思いを吐き出す栄太が、激しくいとおしかった。嫉妬もある。憎らしさもある。でも何より、戦友のような気持ちになった。

 ふと、「もう我慢しなくていい」と思った。


「栄太がいいやつなの、私はわかってるよ」


 私は栄太に寄り添って、そっと膝に手をおいた。


「菜摘」

「大丈夫、私がついてるよ」


 世界で一番、優しく笑えた気がした。栄太の手を取り、両手で包んだ。

 心臓が、恐怖と切なさで、一杯になっていた。

 栄太は私を見たことのないような瞳で見つめた。私は息が詰まった。


 それから、私と栄太は二人でこっそり会うようになった。


 紫は全く気づかなかった。

 あまり気づかないから、私はあえて紫の前で、机にスマホをおいて、栄太とメッセージのやりとりをした。最初は、恐怖と期待と緊張で、頭が一杯だった。

けれど、やっぱり紫はきづかなかった。誰から、とも聞いてくれなかった。

 私はひどく自分がみじめで、傷ついていくのを感じていた。

 自分勝手なことくらい、わかってる。けれど、紫は、本当に何も疑ってくれなかった。

 私と栄太は、紫を裏切ってるの? でも、傷つけているのは紫の方だ。

 紫につけられた傷を、私たちはひたすら慰め合った。

 ほしかったものは、これだと言い聞かせながら。


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