VSアサシン


 レベル70。その力は……数多くいるプレイヤーの中でもトップレベル。


 それは思わず身震みぶるいするほどの力だった。


 彼が一度大鎌を振るうと、その衝撃は風の刃となって周囲に転がっていた団員たちを引き裂き、消した。


「なにを……!」


 しかし男は何でもないかのように言う。


「見ればわかるだろ? 脅しだよ。次にこうなるのはお前らだってなァ」


 たかだかそんなもののために……自分の仲間を攻撃したのか。


 彼はもう一度鎌を振るう。私は迫りくる彼の刃を受け止めた――が、その瞬間視界が一瞬白く染まり、のちにチカチカと点滅する。


「が……っ!?」


「チキンさんっ!」


 レベル70。私のレベルは――28。


 これまでに重ねた冒険で随分と上がったとはいえ、その差は歴然れきぜんだった。絶望的なほどに。

 ミカンさんのヒールを受けて何とか持ち堪える。


「一撃じゃ飛ばねェか。頑丈だなあ、タンクってのは!」


 しかし本来なら、それだけのレベル差があればタンクといえどひとたまりも無いはずだ。遊んでいる……のか?


 だがそれ以上考える間も無く次の攻撃が飛んでくる。跳躍しての直接攻撃――盾で受けるしかない。


 先程よりも衝撃は緩和される。見れば、スイちゃんが【鋼体の歌】ディフェンス・ソングを歌いミカンさんが即座にヒールを使用してくれていた。


 フィンも唯一使えるらしい魔法【スリープ】を放つ。しかしこれはレベルの高い相手には効かない様だった。それでも、男の気を引くことは出来る。

 

「へェ。ちゃんと連携とれてるじゃん」


「今度はこっちの番だっ!」


 盾で鎌を弾き、私はいつもそうするように【スイング】を放つ。ここからシールドバッシュ、ヘヴィストライクに繋げるのだ。


 しかし――――まともに攻撃を受けたはずの男はビクともしない。


「お前まさか。ザコの攻撃が俺に効くとでも思ってンの?」


 私の鋼の剣は……その身体を切り裂く事なく、みしりと鈍い音を立てて己の刃を砕いた。

 【武器損傷】そんな聞き慣れない単語が頭に過ぎる。


「おいおい、傑作だな! この常識知らず、武器の修理もしてなかったのかよ!」


 修理……修理ってなんだ? 呼んでも無いのにヘルプが流れる。それは武器や防具に設けられた耐久値であり、低くなるほど攻撃時に破壊されやすいと。


 私の武器の耐久値は0だった。無知は罪だ。まさかこんなところで……。


「そんな……おにいさんっ!」


「さて。ここからヒーロー様を可愛がってやるか……けど、お前らは邪魔だな」

 

 男はそう言うと背後から攻撃を仕掛けようとする二人に、振り返らないまま鎌を振るう動作を見せた。


 危ないっ! 私は勝手に耳に流れ出したヘルプを無視し、盾を地面に突き立てる。



【魔法障壁】マジックシールド!」



 クエストを繰り返しレベルを上げる中で習得した戦士の新スキル――【魔法障壁】。


 周囲にパーティメンバーをあらゆる攻撃から一度だけ守る領域を展開し、同時に敵を弾き出す。間一髪のところで展開は間に合い、男の攻撃は無効化され身体は弾かれる。必然的に私たちの間に距離が出来た。


「二人とも、フィンを連れて走れっ!」


「で、でも――」


 こいつに勝つのは……いや、そんなことは認めたくない。しかし、逃走に成功すれば無事に通報が可能になる。周囲に助けも求められる。


 少しの間だけでいい、私がここで耐えさえすればっ!


「いや、無理だぞ?」


 その声に二人の姿を追う。二人とも地面に膝を立て、なんとか耐えるも歩ける状態ですらなかった。

 そんな……攻撃は防げたはずだ。じゃあ……。


 その時、私の身体からも力が抜ける。寸でのところでフィンがそれを支えてくれる。


「お、おにいさんっ……しっかりしてください!」


「毒です……。追加効果に毒の効果があったんです!」


「からだが動かない、ですね」


 【魔法障壁】では攻撃は防げても追加効果は発動する――そしてアサシンの男が用いる毒のダメージは強力で、ものの数秒でその体力を奪われる。

 毒などの特殊効果で死に至る事は無い物の、その体力は極限まで削られてしまうのだ。


 男はまた甲高い不快な声で鳴いた。


「俺がどうシて毒なんて使うと思う? たった一振りでタンクのお前以外は飛ばせるのに。最初からそうすればいいのに……。答えは簡単だ。

 こうすればお前らを殺さずに済むからだよォ」


 なにを……言っているんだ、こいつは。


「殺せば死ぬNPCと違ってプレイヤーは生き返る。そうするとあとでメンドクセェだろ? 通報されたり復讐にきたりよォ。

 だけど殺さずに体力1残して、毒を与え続けるとさァ。リスポーンも出来ずずーっとその場所で苦しむ事になるわけ」


 男が鎌を背中に携え、ゆっくりと近付いてくる。



「そうやってさっさと退場させるんだよ。ゲームから。ベソかいてゲーム落として、もう二度とこんなクソゲーやりたくねェって思わせれば――勝ちだ」



 コイツは――ダメだ。こんなやつ、このままにして置いたらダメだ。


 だけど身体は動かない。毒のままでは動く事すらかなわない。それに、武器を失った私では。


 身体を支えるフィンの手が震えている。どうにかして、この子と、二人だけでも……!



「――【スタンアロー】」



「あ?」


 その時、一筋の矢が男の胸に刺さる。


 ダメージはほとんど受けた様子は無いが、それは気絶効果付きの攻撃だ。レンジャーの、……スイちゃんの。


「てめェ……ッ!」


「ミカン。【ブレイクスペル】を撃つです。フィン。薬を……チキンに」


 レンジャーのスキル、応急手当。瀕死に近い体力を一度だけ少量回復できるもの。

 それを発動させたスイちゃんは再び毒に蝕まれる前にミカンさんへ解毒剤を使用したのだ。


「スイさん……!」


 フィンとミカンさんはこくりと頷いて、ブレイクスペル……スタン付与魔法を唱え始める。


 これと合わせれば十秒程度、男の足を止めることが出来るだろう。スイちゃんはその間に私に薬を飲ませようと、隙を作ったのだ。


「チキン。わたしは信じてるです。あなたは……運が、いい」


「あんまりふざけた事してんじゃねェぞ!」


 【スタンアロー】から回復した男が怒りから真っ直ぐに突っ込む。そこに【ブレイクスペル】がちょうどよく命中し、再びその足を止めた。

 

「おにいさん、どうか……!」


 そして私の口にフィンの抱えていた薬が注がれる。病気を治す薬……きっと、解毒作用もあるんだろう。


 しかしまた戦線に復帰して、私はこの男を……レベル70ものアサシンを止めることが出来るんだろうか?


「これは……」

 

 その薬は病を治す薬。

 そして稀に、飲んだ者にユニークスキルを与えるとされる不思議な薬。


 ……不思議な味がした。黒くて、ざらざらで、思い出す。なにを?

 最初の頃飲んだ味。あのとき飲んだ黒い液体ヴォイドウォーターの味――。


 

2.ヴォイド



『ああ、やっと来たかにゃ。待ちくたびれたにゃ~』


 頭痛が収まりゆっくりと目を開けると――そこにさっきまでの光景はなく、薄暗く寂れた町の通りが広がる。


 知っている。私はここに……もう、随分前に来たことがある。


「そうだ、みんなはっ!」


『あれ、挨拶もなし? てか、いるはずないにゃ。でも安心するにゃ?

 ここはヴォイド――【ラグってる】世界にゃ』


 目の前には見覚えのある猫像。

 しかし、なにを言っているんだ? こんなこと……自分だけ逃げている場合ではない。ダメなんだ、早く戻って三人を助けないと!


『おミャーは落ち着くにゃ! もう、仕方ないね~』


 とにかく出口を探すしかない。そう思って駆け出そうとする私の手を――何者かが掴んで引き戻した。


「なにを……す、る……?」


 振り返ると猫像は消えていた。そして代わりに、女の子がいた。


 紅い着物に瞳。裸足で立っていて、黒い髪をツインテールにまとめ、その頭にはピコピコと楽しそうに揺れる猫の耳。


 そんな見知らぬ女の子が私の口に手を当て、しーっと鼻の前で指の形を作る。


「久しぶりにゃ。まだまだ初心な冒険者お気に入りくん。

 お前はラッキーにゃね。ま、みゃーがあげたスキルなんだから当たり前にゃんだけど」


 自らを猫像だと名乗る少女は、そう言ってにししと笑った。

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