狼盗賊団

1.スライズ/木漏れ日差す林道



 スライズを抜けて、どこの街にも繋がらない、先にはただ森が続くだけの人気の無い道。

 そんなところに彼女はいた。


「フィン……!」


 しかし彼女だけではない。そのすぐ隣には見覚えのある男……フィンの兄がいたのだ。

 少しホッとする。もしかして考えていた悪い事は全部嘘っぱちで、ただ二人は散歩していただけなのだ、と。


 けれども、そんな甘い妄想は目の前の光景を前に破られた。頬を撫でるために差し出されたと思っていた手にはナイフ。フィンの喉元にそれが突きつけられているのだ。


「何をしているっ!?」


 私が叫ぶと二人はほぼ同時に振り返った。今にも泣き晴らしそうなフィンの顔と、とても妹にナイフを向けているとは思えない笑顔の男。


「おにい、さん!?」


「ん? 君は確か……」


 男が言い終えるより前に私は剣を抜き構える。細かい話はあとだ。それより、目の前の状況をどうにかしなければ!


「ああ、いつかの冒険者さんか。これはこれは……ごめんね、『うちの妹』が世話になったみたいでさ」


 男は何てことないといった風に口を利く。私は声を荒げた。


「お前は……フィンの兄なんだろう? その手は何だ? フィンが何をしたというのだ!」


「何をした? おもしろいな、君たちだってもう知っているだろう?」


 知っている? 何を?


 私たちはフィンの事を何も知らなかった。だからここを見つけるのにも苦労した。今の状況だって、到底理解できたものではない。


 しかし男はまるで、そんな私を嘲笑うかのように言い放った。


「馬鹿だなァお前ら初心者は。薬を盗られたからここへ来たんだろう?」


 そう言う男の視線が指し示す先にはフィンの手が、薬の入った瓶を手にした小さな手があった。


 私たちは材料の姿しか見てないが、あれがそうなのだろう。フィンはその両手にぎゅっと力を入れていた。


「それは……その薬はもともと、彼女のものだ」


「へえ! お前、なかなかやるなァ。どんな手を使ったんだ? まさかその貧相な身体で何かしたのかよ?」


「貴様っ! よく自分の妹にそんな……」


 すると男はカタカタと耳障りな声を上げる。笑っていた。


「ははっ!! 妹、妹ねェ……」


「う……」


 ナイフの切っ先を当てられたフィンが苦しそうな声を上げる。……その時、今にも飛び掛かりそうな私の背中から、見知った声が聞こえた。


「チキンさん違います! そいつは、そのバンダナは『狼盗賊団ハンター』です!」


「NPCじゃない、わたしたちと同じプレイヤー、です。そいつは」


「二人とも……」


 私を追いかけて少し遅れてやってきた二人。


 狼盗賊団? ギルドのロゴが入った装備、同じプレイヤー……。町の冒険者が噂していた『絡まれた薬師の少女』。薬屋を営んでいた少女。


 私の中でうまく揃えられなかったピースが繋がった。


「フィンを脅したのか!」


「こいつが悪いんだぞ? あのクエストの報酬はうまいって聞いてたのに、病気が良くなったからもういらないって言うのさ。だから考えた。こいつを脅して一儲けやろうってな」


「……もう遠慮はしないぞ」


「いいさ。動けるならなァ」


 私の身体は動かなかった。それは二人も同様だ。

 【影縫い】……いつか見た忍者のスキル。彼らは盗賊団。素早く動き相手の動きを封じるこの職業がピッタリなのだろう。

 

 いつの間にか周囲を同じロゴのバンダナをした連中に囲まれている。隠れていたのか……恐らく、盗賊団の仲間だ。

 男は自分たちに危害が加えられなくなったことを悟ると、饒舌に話し始めた。


「この薬はただの風邪薬じゃない。僅かな確率だが、ユニークスキルを獲得できるそうだ。何度飲んでも失敗ばかりだが……いいさ。元はタダで手に入る」


「ちがいますっ! これは、みなさんが苦労してっ」


「いいからお前はそれを渡せよ!!」


 男が怒鳴りながらナイフを振り、フィンはすっかり怯えてしまった。それでも薬は手放さない。


「馬鹿な冒険者は気付かずに依頼を受けて材料を集める。あとはそれを掻っ攫えば、タダなんだよ。なのに今回はお前が邪魔したな。ふざけやがって!」


 他の冒険者も素材が消えたと言っていた理由……そういうことだったのか。


 しかし今回は違った。フィンが私たちと行動を共にし、うまくその目から隠した。彼らは動けなったのだ。


「あなたたちに、これ以上勝手はさせません!」


「こんなザコどもが助けに来たくらいでえらい強気だなオイ? いいさ、そんなに言うなら――」


「ちゃっぴー!」


「チピ!」


 フィンの合図で隠れていたちゃっぴーが茂みから飛び出すと、男に体当たりをかます。


「あ? クソッ!」


 一時的に男の拘束から逃れたフィンは私たちに――正確には私たちを囲んでいる盗賊団員たちに片手を向けた。


「【スリープ】!」


 男たちの姿勢が崩れる。その一瞬の隙を見て、私は渾身のスイングを放った。悲鳴とともに彼らは吹き飛ばされ、木々に激突する。


 すぐに地面を蹴ってフィンと兄――いや、もうただのいち悪人である男の間に割って入った。


「彼女に手は出させない!」


「みなさん……!」


 反撃を放ってきた男の攻撃が盾に直撃する。腕の先から脳天まで痺れるような感触……しかし持ち堪えることに成功した。


 続いてフィンを囲むようにして両隣をスイちゃんたちが位置取る。ミカンさんのヒールが染みた。


 それを見て男は吐き捨てるように言った。


「タンクか。チ、大人しく引いてりゃ良かったものを。NPCなんぞ守って何になるってんだ?」


「彼女は私たちの仲間だ。それに、NPCだってこの世界に生活する仲間だ。無暗に脅していいわけがない」


 私の答えを聞いて男はまたカタカタと喉を鳴らす。


「馬鹿かお前? それならなぜ、運営は俺たちを無視する? すぐにBANすりゃいいものをよォ!

 証拠はある、行動だって見られている。噂になるくらいだぜ? でも何日経っても警告一つ来やしない!」


「運営……」


 ミカンさんが見たことの無い、苦い顔をする。


「彼らのやり方は……信用できません。直接規約を破らなければ、倫理観の外れた行為さえ無視する……」


「そんな馬鹿な! だが、通報すれば」


「盗賊団なんてものが噂になって、どうしてそのままだと思いますか? 彼らはルールを巧妙に守り、抜け道を模索するんですよ」


 一呼吸おいてミカンさんは告げる。


「規約の中に……ただのNPCへの妨害行為は含まれていません」


 それを聞いて、フィンは残念そうな、諦めた様な……そんな顔をした。


 スイちゃんも「そんな」と驚きを隠せない様子だ。私もそうだ。同じ世界の住人でありながら、彼・彼女らはただの舞台装置として……脅そうが殺そうが、いち背景としか見られていないのだとしたら。


「――それでも私はっ!」


 たとえ同じ言動を繰り返そうが、食事を取る。睡眠をとるし、街へ出かける。海を渡るし、困ったことがあれば人を頼るし、助けようとする。

 まだゲームを始めたばかりでも分かるんだ。何も違わない。


 それでも守るべき対象でないと言うのなら――私が守ろう!


「かっこいいねぇヒーロー。だが、もう一つ言っておかねェとな」


 男はそう言って、どこに仕舞っていたのか不思議なほど大きな鎌を取り出した。

 その刃は深い黒に塗られており、鋼や銅の装備を使う私たちと比較して明らかに異質な素材で出来ている。


「俺のレベルを知ってるか? 70。上位クラスのアサシンさ。

 お前らの茶番は――最初から行く末が決まってンだよ」

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