まだその少女を知らない

1.旅立ちの港



 スイちゃん、ミカンさんと揃って懐かしい港へ辿り着く。思えばここで桃色の魔女さんに救ってもらった事が全ての始まりだった。


 あの時のわたしは一人ぼっちだったが今は違う。頼りがいのある仲間たちと共に新たな冒険に出られることを嬉しく思えた。


「なにをにやにやしてる、です」


 顔に出ていたらしく指摘される。恥ずかしい……私もスイちゃんみたいにポーカーフェイスを維持できれば良いのだが。

 

 初めてここにやって来た時とは反対の方向に目的の船はあった。


 これは本格的と言うべきなのか、この船に乗れば一瞬で新大陸にひとっとび……とはいかない。しっかり船に乗り込んだうえで、約一時間の航海をする必要があるそう。


「それじゃ、行きましょうか!」


 難無くチケットを購入。これで船に乗れる。

 この大陸とはしばしの別れだ。まるで田舎を立ち都会に出る若者の様な焦燥感に駆られながらも、私は船に乗り込んだ。



2.連絡船【デスティニー号】



 古い金属の床、木造りの簡単な家具が備え付けられた客室、大きなバルコニー。

 いくつもの冒険者たちを乗せて出発するこの船上で、あまりにリアルな揺れにスイちゃんは酔っていた。

 

「大丈夫ですか? スイさん」


「です……」


 小さなベッドの用意された部屋で横たわるスイちゃん。調子が悪いのは心配だがその割に一切表情を変えない。この胆力を見習わなくては……。

 

「なにかして欲しい事があったら遠慮なく言ってくれ」


「みじゅ……」


「? ……ああ、水か」


 海と言うのは不便だ。こんなにも水に囲われているというのに飲料水には使えないのだから。


「プレイヤーの体調を回復させるには【キュア水】がいるんです。確か持ってきてはいるんですが……」


 ……そしてそれはゲームも同じ。それどころか、体調を回復する手段をアイテムとして残しているのが厄介な所だ。


「私が取って来よう」


 荷物は全て貨物室に預けてあり、誰かが取りに行かねばならない。私は看病をミカンさんに任せ、ひとり足早に貨物室へと向かった。



3.デスティニー号/貨物室



 最低限身に着けておくべき衣服や武器。それ以外のアイテムを全て預けてある貨物室。


 その中は窓から漏れる光のみで薄暗く、手探りで目的の物を探す。初めての新大陸ということで色々買い込んだのが災いしたのか、中々見つからない。

 

 あれでもないこれでもない……そうこうやっていると不意に『ガタタッ』と背後から何かが揺れる音がした。

 もしやミカンさんも付いてきたのだろうか?


「……?」


 しかし振り返っても誰もおらず、そこには大きな樽があるのみ。


 気のせいだろうか? 作業を再開する。しかし……『ちぴ……』と、明らかに不自然な音が聞こえた。


「……しーっ! おねがいだから静かにして、ちゃっぴー……」


「……誰かいるのか?」


「!!」


 声を掛けるとしゅんとした静寂が訪れる。ふむ……。


 少し考えて、私は部屋を出る事にした。とたとたと足音を出し、わざと音を立てて戸を閉め、耳を澄ます。


「……いった? いったよね」


「ぴち」


 聞こえてきたのは、幼い感じの少女の声。それと謎の……鳴き声?


「もー! ちゃっぴー、あれほど静かにしてって言ったのに!

 次やったら、めっ、だよ?」


「ちぴ?」


 謎の声の会話はまだ続いているようだ。今度は静かに戸を開け、声がする方向……大きな樽へと近付く。


「フィンたちはチケットもってないから、みつかったら海に放りだされちゃうんだよ!」


「ちぴぃ……」


「だからちゃんと良い子に――」


「それは本当か?」


 樽の蓋を外して声を掛けると、その中には人がいた。


 いや、正確には一人の少女と……大きなお餅? のように白く膨らんだ兎のような生物が、所狭しと隠れていた。



「――――ひゃぁっ!?」



 彼女らは私の声に驚いたのか飛んで驚き、その勢いで樽が傾き倒れ――地面にごつんと激突する。


「きゅう……」


「す、すまない! ええと、きみたちは……」


 倒れた衝撃で目を回してしまった一人と一匹を前に立ち尽くす。一体彼女らは何者で、ここで何をしていたんだろうか?


 とにかく驚かせて気絶させてしまったのは私の責任である。このままでは話も出来ないし、心配だ……。


 彼女たちを抱き抱え、急ぎ部屋に戻ることにする。

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