第4話

「お待たせしました」


 買い物を終えて家に帰り、夜空が作ってくれた三人前の夜ご飯がテーブルに並んだ。


 作ってくれている最中から部屋には良い匂いが充満しており、早く食べたい気持ちでいっぱいだった。


「お兄ちゃん好みのご飯だね」


 今日は和樹が好きな料理というとこで、テーブルに並んでいるおかずは鶏の唐揚げにポテトサラダという、カロリーを無視したおかずだ。


 本来であれば栄養面など考えて食べるが、今日だけは完全に無視させてもらった。


 病気だったりアスリートというわけでもないし、1日くらいカロリーなど考えなくても問題ないだろう。


「その……こうやって男の人にご飯作ってあげるのは初めてなので、カズくんの好きなのを揃えてみました」


 言ってて恥ずかしいのか、夜空は頬を赤く染めながら両手の人差し指をチョンチョン、と合わせている。


「惚気いただきましたー」

「何で彼氏のお兄ちゃんが言うのかな? 私の台詞だからね」

「美味しそうなご飯の前だからテンションが高い」


 実際に食べる前から美味しいっていうのが分かり、口から涎が垂れそうなほどだ。


 普段から料理をしているからだろう。


「まあ確かに凄く美味しそうではあるけどね」

「ひよりも俺と同じで食べるの好きなのに細いよなぁ。特に胸なんてまな板……」

「お兄ちゃん?」

「ごめんなさい」


 壊滅的なほどに膨らみがないためか、ひよりに胸の話は厳禁である。


 あまりの迫力により、つい謝ってしまうほどだ。


「お母さんは大きいんだからこれから育つもん。巨乳になるもん」


 大きくなる自信があるなら涙目にならなくてもいいだろう。


「ダイエットしようとすると胸の脂肪から無くなっていき、大きくなりたくて食べるとお腹から脂肪がついていく悲しき現実があるんだよ」

「ないもん。私に脂肪なんてないもーん」


 自ら貧乳だと認めたような台詞だが、確かにひよりは食べても太る様子は一切ない。


 太らない体質であるのは間違いないものの、大きくなりたい胸まで脂肪が付かないのは悲しいようだ。


「いい加減認めろ。ひよりの胸はAAAカップだ」

「違うもん。AAだもん」


 AAAとAAの違いなんて全く分からないが、本人からしたら微妙な違いがあるのだろう。


 年頃の女の子の扱いは難しいものだ。


「先輩の胸はお兄ちゃんにいっぱい揉んでもらったから大きいんですか?」

「はい?」


 いきなり飛び火をくらった夜空の目が驚いたように開かれた。


 軽くくっついただけでも赤くしてしまうのに、胸の話なんてされたら恥ずかしいだろう。


「付き合いだしたばかりなので、揉んでもらったことはない、です。それに、彼氏出来たのも初めてなので」


 恥ずかしそうにしながらもきちんと答えるあたり真面目な性格だ。


 ご飯を作ってあげたの初めてだと言っていたのだし、少し考えれば揉まれたことがないと分かるだろう。


「つまりはこれからお兄ちゃんに揉んでもらうからさらに大きくなるというわけですね」


 ゴクリ、とひよりが夜空の胸を見て息を飲んだ。


 胸を揉まれたからって大きくなるという科学的根拠はない。


「てか皆ボケ始めるからせっかくの料理が冷めちゃうぞ」

「ボケたのはお兄ちゃんだけだからね」

「いや、兄妹漫才に私が巻き込まれただけです」


 二人から呆れたような視線を向けられた。


「兄妹漫才だって。漫才師になって売れれば美味しい料理食べ放題」

「ならないから」


 芸人で売れるなんて極一部であり、後はバイトをして生活している人は多いだろう。


「カズくんには私が好きなだけ作ってあげるので漫才師になってはダメです」

「将来のことを考えてるなんて二人は結婚する気満々だね」

「な、ななな、何を言って……」


 結婚という言葉に反応したのか、夜空の頬が今までにないくらいに真っ赤に染まった。


 美味しいご飯を食べれるというメリットが他で出来たら彼氏役を断られると思って言っただけだろうが、それを聞いたひよりからしたら惚気としか考えなかったらしい。


「これを俗に夫婦小姑漫才と言う」


 言いません、と二人からツッコミされた。


「家だといつもカズくんはこんな感じなんですか?」


 かなり呆れた様子の夜空がひよりに視線を向けた。


「いえ、お兄ちゃんは美味しい料理を目の前にしたり食べれると知った時に性格が変わります」

「つまりは料理に関してはアホになるんですね」


 普段物腰穏やかな夜空が少し辛辣なのは気のせいだと思うことにする。


「てか早く食べよう。これ以上お預けされたら俺が壊れる」

「お兄ちゃんは既に壊れてるから手遅れだよ。それにしても先輩はよくお兄ちゃんの彼氏になりましたね」

「あは、あははは……」


 苦笑いしか出来なかったらしい。


「んまぁい」


 二人より先に唐揚げを食べると、外はサクサクで中はジューシーで口の中が旨味で溢れる。


 揚げる前に鶏肉をごま油と醤油に漬け込んでおり、白米が物凄く進む。


「お兄ちゃんだけズルい。私も」


 ひよりも唐揚げを食べ始めた。


「ふにゃぁん」


 よほど美味しかったようで、ひよりの顔がゆるキャラのように物凄く緩んだ。


「本当に美味しそうに食べますね。作ったかいがありました。これで確定ですね」


 ここまで美味しそうに食べるのだし、これで彼氏役を断られることはない、と思ったのだろう。

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