第4話

「やめる?」


 顧問の杉島は、うろんな顔で、私を見つめた。


「はい、お世話になりました!」

「ちょっ……と、待ちなさい。」


 舌打ちに似た、「ちょっと」だ。それすら懐かしい。杉島は、手近な椅子を引いて、私に座らせた。


「お前、責任を持ちなさい。これから、試合もたくさんあるのに……」

「はい」

「ほいほいやめる? チャラチャラ……そんな簡単なものじゃない」

「すみません」

「やり始めたことを投げてるようでは、社会でやってけんぞ」


 私は、膝の上でぐっと拳を作った。

 ――責任、社会。

 この言葉が、あの頃は無性に怖かった。でも、今は――


「すみません、でも決めたんです。勉強もしながら、この部活の密度についていけません」

「可能性を狭めてどうする!」

「とにかく決めました! 私に、文武両道は無理です。すみません」

「……そんな簡単にあきらめ癖して、生きていけると思うな」


 小さく、悲し気に杉島は呟いて、「退部届、持ってこい」と言った。


「失礼しました」


 職員室を出て、私はガッツポーズをした。


「やった!」


 ちゃんと言えた。

 泣きたいくらい、ほっとしていた。

 何か自分を変えたくて、私はバレー部に入っていた。

 わりと力の入った部活だったから、未経験者は求めていなかった。私は未経験で、運動も苦手だった。

 体育会系のノリにもなじめず、下手なことに引け目を感じて、ずっとへらへらしていた。

 練習もハードで、勉強にもついていけなくなっていた。

 遅れを取り戻そうと、勉強すると、部活でへまをして――悪循環だった。

 一年ちょっと頑張ったけど、いつもお腹を壊していた。

 やめようとしたら、いつも杉島に説教をされて、退部できなかった。


「でも、できた。ちゃんと言えばよかったんだ」

 

 残るはひとつ。

 そして、これが一番、難関だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る