第6話

(……大階段)

 

 大階段の天辺に、人影が一つ。

 こちらに背を向けて、立っている。

 ドレスを着た、十の頃のほどの、幼い娘の後姿――

 

「姫……か?」

 

 エルガがその後ろ姿に戸惑いの声を上げる。

 

「――いえ」

 

 ジアンは両腕を、胸の前で交差させ、組み合わせた。

 

われに許しをディル・ウラーレ

 

 ジアンの声に、辺りが光る。撒いて・・・おいたとおりに、式が展開された。

 

歌をラーレ!」

 

 詠唱が始まる。式から無数の歌が響き、光は陣を作った。

 

「ジアン、女子だぞ!」

 

 エルガの声を割くように、雷撃が飛んできた。ジアンが結界で弾いたのと、エルガがかわしたのは同時であった。

 歌がうなるように響く。向こうから放たれる二撃、三撃をジアンの結界が阻んだ。

 あらかじめ、式を撒いておいて正解だった。ジアンは詠唱を続ける。

 あの場所が、時空の歪の核だと踏んでから、ジアンは刻限までに術式を核の部分に可能な限り撒いた。戦闘になった時に、対応するために。

 核から、異なる場所にさらに転移するのであれば、無駄骨となる作業であったが、やはり当たっていた。

 核――城はここにずっとある。姿形消えようとも、ずっと。そして、時空の歪が、現在と過去をつなげているのだ。

 亡者の夢ミル・リ・ムとは、そういうものだ。

 瞼の裏の夢――瞼が消えても、消えることはない。

 

「鎮まりたまえ!」

 

 激しい攻防の中、エルガが叫んだ。雷撃は繰り返される。エルガは右に左にとかわしていたが、きっと前を見据えた。

 槍を構えると、突進する。

 

「主!」

「ハバルの姫よ! 鎮まりたまえ!」

 

 雷撃をかわし、かわし――大階段を駆けあがる。

 エルガに真っすぐ、強烈な雷撃が飛んできた。

 

「主!」

 

 一閃。

 ジアンが結界をはるより速く、エルガは槍を振り、雷撃を弾いた。

 

「掴んだ!」

 

 一閃、また一閃。

 雷撃を薙ぎ払い、そのままの勢いで直進する。

 ジアンは身が粟立つような高揚を覚えた。

 ――成長なされた!

 

土刃ディアド

 

 ジアンは、術式を結界から攻撃へと変じさせた。今のエルガに必要なのは守護ではない。圧倒的な攻撃力だ。

 土の刃が、王女・・をおそう。

 

「覚悟!」

 

 エルガが咆哮し、槍を突き出したのと、王女がひるがえったのは、同時であった。

 

 地を割る様な高く鋭い破壊音が、辺りに響いた。

 両者ともに、無音。攻撃の余波に、城壁が崩れおちる音が大きく響いた。

 

「やはり……」

 

 ジアンは、誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。エルガは静かに、息さえつめて、相手を見据えていた。

 涙にその頬を濡らしながら。

 

「見事……」

 

 エルガの声が、大きな感動に満ちていた。

 ――かえりみた王女の顔は、人形のそれだった。

 装飾すらはがれ、むきだしの部品と歯車が回る機械人形……。

 彼は、ずっと待っていたのだ。自らの手で、終わらせた後も、その身滅んでもずっと……時空をゆがめ、主の姿に身をやっしてまで。

 

「そなたの忠義、打たれたぞ」

 

 エルガは、亡者の夢ミル・リ・ムのことを、一片も理解していない。王女と彼の話も知らない。

 しかし、この一突きの内に、彼の心を感じたのだろう。

 

 エルガの槍は、確かに彼の胸を貫いていた。

 

 城が崩れる音がする。時空が揺れる。――夜が明けるのだ。

 亡者の夢ミル・リ・ムは朝に溶ける。また、深い夜が訪れるまで――

 ちかりと、時空の切れ目が入る。

 あそこが出口だ、ジアンは大階段を駆け上がった。

 

「主、参りましょう!」

 

 ジアンはエルガを促した。しかし、エルガは頷いたきり、動かない。

 

「主!」

 

 機械人形は何も言わない。主の衣装をまとい――こときれたように、動かないでいる。

 エルガは、彼をかたく抱きしめた。

 

「息災で」

「……!」

 

 エルガはぱっと体を離すと、槍を携え、ジアンの手を取った。ジアンは、エルガを抱き込み、夢が溶けゆくままに、その身を時空のはざまにと任せた――。


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