食前

木ノ下下木

第1話

少年はこの時を待ち侘びていたような嬉々とした表情で席についた。

少年の眼前には三つに区切られた四角い皿があり、そこには夕食が盛り付けてある。

二つある小さいスペースの一つには、サラダが小さい山のように盛られており、もう一つには小ぶりのパンが三つ置かれている。

そして最後、全体の半分を占める大きなスペースには少年の大好物であるハンバーグが乗せられている。

少年はそのハンバーグに目を奪われていた。

「ねえ!食べていい?」少年は待ちきれない様子で母親に聞いた。

「ええ、いいわよ」母親はまだ席についていなかったが、息子の待ちきれない様子を見て特別にした。

「いただきます!」母親からの返事を合図に、少年は夕食を食べ始めた。

黙々ともぐもぐして食べている息子を微笑ましく思いながら母親も席に着いた。

「 いただきます」と言って母親も夕食を食べ始めた。

バクバクと食べていた少年だったが、ふと母親が「いただきます」の前に何か別の事を言っているのに気づいた。

だが、何と言っているのかは分からなかった。

少年はその事を不思議に思いながら夕食を食べた。

食後、食卓から話し場となった机に母親と少年は向かい合わせで座っていた。

母は紅茶を飲み、少年は食後のデザートとしてクッキーを食べていた。

少年はクッキーを頬張って頬張って、少し詰まらせ、コップの水を少し飲んで、トントンと胸を叩き、残りの水を一度に飲んで、胸を沢山叩いて、なんとか全部飲み込んだ。

母親は「助かった」という表情をしている息子を見て安堵した。

「ごちそうさま」落ち着いた少年はそう言って手を合わせるとお皿を台所まで持っていった。

「ねえお母さん、さっきいただきますの前に何て言ってたの?」台所から席に戻ってくる途中、少年は尋ねた。

「いただきますがもっと良くなる言葉を言ってたのよ」母親はティーカップを置いて答えた。

「いただきますだけじゃだめなの?」

「そんな事ないわ、いただきますだって立派な感謝、そしてその感謝を言えてるあなたも凄く立派よ」母親はそう言うと席を立って、机越しに息子の頭を撫でた。

少年は喜んだ。

「ねえその言葉教えて、僕も言う」少年は言った。

母親はその言葉を聴くとじんわりとした深い笑みを浮かべた。

「じゃあ教えるわね。草に、海に、地球に感謝を、いただきます。よ」

「草に、海に、地球に感謝を、いただきます」少年は繰り返した。

「これどういう意味?」

「ありがとうって意味よ」母親はありがとうの部分をとても優しく言った。

「へー、分かった!」

「それなら良かった。あ、もう寝る時間よ」母親は時計を見ながら言った。

「ほんとだ、じゃあ寝るねおやすみ!」そう言って少年は部屋から出ていった。

残った母親も紅茶を飲み終わると席を立った。

翌朝、少年は少し起きるのが遅かった。

急ぎ足で食卓の席に着くと「草に、海に、地球に感謝を、いただきます!」そう言って食べ始めた。

母親はそれを聞いて少し驚いた様子だったが、ふっと微笑んで席に着くと「草に、海に、地球に感謝を、いただきます」と言って食べ始めた。

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食前 木ノ下下木 @kinoshitageki

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