シンユウ

 余った材料で可能な限りの獣避けを作って売ると、これが売れに売れた。

 納めた獣避けは兵士達を中心に全て売り切り、村人達から予約注文が入るまでになった。販売開始時には買い求める客同士でトラブルも起き、カイゼルドーンまで出てきて、安定供給の目処を必ず立てると声明を出すまでに発展した。

 幸いだったのは、製造元が私の研究所だとまだバレていない点だ。

 製造元を嗅ぎつけた行商人なんかに、ここへ直接押しかけられたら研究どころではなくなってしまう。

 私の研究成果であることと、その材料がゼンの牧場から調達されていることは、絶対の秘密事項であると、三騎士に言い含めてあった。

 その御蔭か、村の騒ぎとは無縁のまま、私達はのんびりとクラコリズムの世話と、研究に打ち込めるわけだ。


 が、


「出来ちゃった…」

「出来ちゃったね…」


 火急の問題が生じた。

 クラコリズムを育て始めて三ヶ月。

 もはや人間大にまで成長したクラコリズム達をせっせと世話していたところ、我々は驚くべき物を発見した。

 卵だ。

 驚くべきことに、クラコリズムはまだ幼鳥だというのに、交尾し、卵を作ったのである。

 恐ろしい繁殖力だ。通常、鶏が卵を作れる成鳥になるまで5ヶ月程の時間が必要だと言われている。しかし、我々がクラコリズムの飼育を開始して、まだ三ヶ月程度だ。

 魔獣故の繁殖力、としか説明のしようがない。

 生まれた卵は全部で9個。

 全て正常に孵化したとすれば、牧場には15匹のクラコリズムが並ぶことになる。

 世話をする数が、一気に倍以上になる…。


「ゼン、人を雇いましょう」

「そうだね。ちょっとツテを当たってみるよ」


 こうして、急遽クラコリズム牧場の拡張に迫られたのであった。

 だがこれは嬉しい悲鳴である。

 これだけ繁殖力。毒腺を取り除き無毒化したクラコリズムは畜産生物として非常に優秀だ。

 毒腺を取り除いて獣避けにも使え、肉を利用することもできる。(一般家庭への普及は別課題として)

 これで羽根や革、腱や骨といった素材も活用できれば、辺境の特産として盛り立てていける。

 予想以上に上手くいった。

 確かな手応えを感じる。




 ゼンの牧場で優雅に草を食むクラコリズムの群れを眺める私は、次なる課題に思索を巡らせていた。

 課題とはすなわち、この鳥達をどうやって食肉加工するか、だ。

 牧場で飼育できるクラコリズムは、どう頑張っても15匹が限界だ。これ以上増えたら、人を増やしたとしても牧場の敷地が足りない。造成したいが、そのための材料購入資金も不足している。

 いよいよ、屠殺して食肉へ加工する段階が来た、と私は考える。

 ゼンは悲しむだろうが、これも自然の摂理だ。

 魔獣が人を喰うのであれば、人が魔獣を食うのも摂理。


「とはいえ―――…」


 クラコリズムを、どう殺す?

 毒腺を取り除き、気性が穏やかになったとはいえ、相手は魔獣。

 槍と剣で倒すにも、危険はつきまとう。

 かといって、サイクロプシスを倒したときのように、毒を使って隙を生む方法も、クラコリズムに対しては有効ではない。そもそもあれはクラコリズムの毒なのだから。

 そこで、私が少し考えているのは屠殺用の機械だ。

 機械加工は得意ではないが、王都の武具職人にも相談し、先日解体が完了し、今は倉庫に山積みになっているサイクロプシスの甲殻や刃爪を用いて、一撃でクラコリズムを殺す加工機を――――…


「あの、リオネッタ様…?」

「あら?」


 名前を呼ばれて、私は振り返った。

 見れば、使用人の衣装を着込んだ女が一人。

 いつも幸薄そうな顔をしているランドフォーク家の使用人、エレインだった。


「エレイン、今日は一人かしら? ここへ来るなんて珍しいですね」

「え、え、あ、はい…」

「ゼンに用事かしら? ごめんなさい、ゼンは少し村に出掛けています」

「……そ、そう、ですか」


 露骨にエレインが気を落としたのが分かった。

 ふむ、そうか。

 私はその一瞬の仕草から全てを悟る。


「ゼンに一体どんな御用でしょう? 代わりにお聞き致します」

「あっ! え、えっと! リオネッタ様にご迷惑をおかけできませんので! また日を改めてお伺いしますので…!」

「あら、いいじゃない」


 私はエレインとの物理的な距離を詰めた。


「私と貴女の仲ですもの」


 私はエレインの顔にずいっと顔を近づけて言った。

 正直に言えば、私はエレインと親しいわけではない。

 ゼンと付き合う中で、自然とエレインと関わることが何度かあり、それを経て顔見知りという間柄にはなった、という程度だ。

 私はエレインの好物も、嫌いなものも知らない。

 おそらく彼女も、同じだろう。

 私達はお互い、積極的に関わってこなかった。何か在ったとしても、それは必ずゼンを挟んでのやり取りだった。


「その後ろ手に隠したものは、何かしら?」


 だが、相手を知らずとも、私の目を誤魔化すことはできない。

 そして、我が叡智を持ってして、その中身を当てて見せよう。

 たぶん、ゼン宛の―――お弁当!


「ひょっとして、ゼンへの差し入れかしら?」

「!!!?」


 エレインが激しく動揺する。

 当たりか…。なるほどね…。なるほど…。

 実は、時々ゼンが夕飯のおかわりをしない日があったのだ。

 それは、こういう理由か。なるほどね…。


「ど、どうして、お分かりになるんですか…?」

「私と貴女の仲ですもの」


 私はできるだけ笑顔を装いつつ言った。

 この女が、ゼンと幼馴染なのは知っている。

 この女が、ゼンの世話役であるのを知っている。

 この女が、ゼンが親しくする女友達であるのを知っている。

 さて―――…ここは私の領域だ。

 地の利は私にある。

 どう料理してくれようか。


「あ、そうだわ。ゼンが戻るまで、一緒にお茶でも如何かしら? 実は去年摘んで発酵させていた薬草茶が出来上がったの。出来れば意見を頂きたいわ」

「あ、え…そ、その、わ、私…」


 逃がすか。

 ガシっと、その細い肩を掴む。

 ゼンに抱き締められれば折れてしまいそうな痩せた肩を。


「ね? いいでしょう?」

「は、はい……」


 押し切った。

 こうして、私はエレインを研究所まで引きずっていく。

 彼女がプオルティック程に厄介な相手とは思わないが―――…私とゼンの前に立ち塞がるというのならば、容赦はしない。

 今ここで決着をつけよう。




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