ウラギリ

 とりあえず落ち着いた様子のプオルティックと相対する形で居間のテーブルにつく。私とプオルティックの間には、冷や汗でびっしょりになったゼンが落ち着かない様子で座っていた。

 私は過去最高級に出来の良い薬草茶をお出しし、勝負服に着替えて、化粧までして、完全武装状態だ。どこにも隙はない。

 加えて、ここは私の領域。地の利もある。

 この舌戦にてプオルティックを完膚なきまでにブチのめし、必ずやゼンとの結婚を認めさせる。

 プオルティックと睨み合ったまま、しばしの時が過ぎた。

 焦るな…―――この展開、先に動いたほうが負ける。


「あの、二人とも、睨み合ってないで、話を…」

「ゼンは渡さない」

「ゼンは私のものです」

「………」


 やはり物理的にブチのめしたほうが早いのではないか…?

 私が暴力的な手段について思案し始めると、向こうもそう思っているのか、納めたはずの角がまた生えてきていた。



 魔族というのは、いわば人という種の魔獣である。

 そもそも魔獣というのは、鶏や鹿、兎といった”動物”が、魔力を得て変異したものとされている。

 クラコリズムも旧い時代においてはただの緑の鶏だったのかもしれないし、ヒュポルドロスも羽根のないただの硬い豚だったかも知れない。

 母はこれを進化と呼んでいた。

 本来在った形から、何らかの変異を経て、新たな種へと進化したのだ。

 つまり、魔族も我々と同じく人であったが、何らかの変異をしたことで人と分かたれ、独自に進化した種と言うわけだ。

 動物と魔獣ではその能力に絶対的な差があるように、人と魔族でもその能力に絶対的な差が存在する。

 全裸で殴り合ったのだとすれば、絶対に人の方が負ける。

 しかし、先の魔族との大戦では人が勝利した。

 その勝因は―――…



「えっと、よし! こうしよう」


 ゼンの声で、私は思索から戻ってくる。


「お互い面と向かってじゃ言い辛いことだらけだと思うんだよ」


 言い辛いことだらけなのではなく、相手の存在がそもそも認められないというか…そんな感じなのだけれど…。


「そこで、こうします」


 ゼンはそういうと一度物置へ向かい、大きな魔獣の皮を持ってきた。

 これを、私とプオルティックの視界を遮るように、テーブルの上に垂らす。


「ゼン、何してんの? それ退かして。こいつ殺せない」

「睨み合いすることで牽制しあってたのですが?」

「相手の隙を伺うのも、牽制もなし。これから、この仕切りの向こうには誰もいないと考えて下さい。相手に何か言いたかったら、ボクが代わりに伝えます」


 一体、何の遊びだろうか…。


「プオル、今日はどうしたの?」

「どうしたもこうしたも、ゼンを取り戻しに来たのよ!」


 プオルが言う。

 思わず私の腰が椅子から浮くが、ゼンが手で制した。


「こーんな獣臭い女のところになんて通ったりしてさ…! しかもなんか、変な鳥を育ててるし! つか、オブドルフもカイゼルドーンも、最近なんかこいつに対して態度が軟化してんのが気に食わないのよ! 変な術で籠絡したわけ!?」

「リオは魔法を使ったりしないよ」

「何だっていいわよ! とにかく、ゼン、アンタは屋敷に戻んなさい! それに、アンタの嫁は私だ、なんていうつもりもないわ。あれは、その、ちょっとからかっただけだし…」

「あ、うん…」

「もちろん、アンタがそうしたいっていうならやぶさかじゃないけどね! でも、アンタだって魔族の女が嫁じゃ嫌でしょ?」

「いや、別にそれはあんまり気にしないけど」

「獣臭い女はもちろんだけど、魔族の女もやめときなさい。どっちも、自分のために何かを殺すことに戸惑いがないんだから」


 少し、プオルティックの声音が変わったのが分かった。


「そういう奴はね、最後の最後の土壇場で―――きっとアンタを裏切るわ。だから、やめときなさい」

「………」

「以上、これがあたしの意見! 獣臭い女にも伝えてよ、ぐうの音もでないでしょうけど!」

「わかったよ」


 そういって、ゼンは仕切りの境界から私を見つめた。

 そして、プオルティックの言葉から棘を抜き去って、彼の優しい言葉で私に伝えてくれる。

 私は、しばし言葉を考えた。

 沈黙の後、ゼンの目を見て口を開く。

 

「私はゼンを裏切ったりしません」

「それは知ってるよ」

「いいえ、違います。言葉通りの意味じゃないの。私は、貴方の幸せをおもんばかり、貴方の想いを裏切って身を引くなんてことは、絶対にしません」

「――――」

「私は貴方を手に入れます。時が流れ、死が私達に追いついて、この地に骨を埋めたとしても、必ずや共に蒼星へ逝きます。その時まで、貴方は私のもので、私は貴方のものです」

「り、リオ…」


 私の言葉を受けたゼンは真っ赤だ。


「―――なんて、言葉だけならば何とでも言えます。言葉だけで、”雪華”のプオルティックを説得するなど不可能でしょう」


 既に、熱き愛故に幾多の想いを裏切り続けてきた相手には、言葉だけでは足りないだろう。


「私の覚悟を形で見せなくては」

「ちょ、ちょっと待って、リオ、何をする気…? ボク、嫌な予感がするんだけど…」

「丁度、新しい魔獣のサンプルが欲しいと思っていたところなんです」

「リオ、ちょっと、話を聞いて―――」

「プオルティック様、手伝ってはいただけませんか?」


 私は、ゼンではなく、仕切りの向こうにいる英雄に声をかけた。


「私はゼンと共に生きる。その為にこの地を救う。どのようにこの地を救わんとしているか、どのような覚悟でそれを成そうとしているか、それを直接、お見せしましょう」

「面白いじゃん」


 仕切りの向こうから、やけに落ち着いた声が返ってくる。


「つまらない覚悟だったら、後ろから斬っていいかしら?」

「構いません。その余裕があるのなら、ですが」

「……。一体、何をする気?」

 

 ここまで来たら、もう戻れない。いや、最初から戻る気などない。

 だから単に、これは扉を通り抜けるだけ。次のステージへの扉を。


「私と貴方で、魔獣を狩ります」


 それも、とびきり厄介な奴を。

 

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