ケイヤク

 席についたカイゼルドーンとエレインに、私はよく冷えた井戸水を出し、相対する席に腰掛けた。隣には居た堪れない表情のまま固まってるゼンを座らせる。


「まず、ここは私の自宅兼研究所になります」

「け、研究所ですか…?」


 訊ねたのはエレインだ。

 エレインとはゼンの屋敷や、村の骨董屋で何度か会ったことがあるが、ここで会うのは初めてだと思う。彼女も私の仕事を知らなかったか。


「はい。お二人は、私が何の研究をしているか、ご存知でしょうか?」

「魔獣の死骸を集めて怪しげな儀式をしている蛮人だと聞き及んでおります」

「か、カイゼルドーン様…! そのような言い方は…!」

「敢えて悪意ある言い方をすれば、その認識で正しいでしょう」

「リオ!?」


 売り言葉に買い言葉。

 皮肉の応酬を見かねて、エレインとゼンがそれぞれのフォローに入ってくれるが、私には二人を気遣う余裕はない。

 今、弱みなど見せられないからだ。


「先の会談の際に、私はお伝えしたはずです。魔獣を糧にこの地を救うと」

「確かに、そう仰っておりましたな。私には、魔獣でこの地を救うなど、全く理解ができずにおりますが」

「私は、その魔獣を糧にする方法を研究しております」

「そ、そんな事ができるのですか…?」


 エレインが食い気味に尋ねてくる。

 私はゼンにクラコリズムを一匹連れてきて欲しいと頼んだ。


「牧場主の初仕事だね。カイゼル、エレイン、見ててね!」


 牧場主であることをアピールするチャンスと思ってか、ゼンは嬉しそうに牧場の囲いへと走っていく。


「クラコリズム、ですと…?」

「カイゼルドーン様はご存知でしたか」

「大源森に住まう毒鳥―――あの鳥をここで育てようというのですか!?」

「はい」

「馬鹿なッ! この地を滅ぼすおつもりか!?」

「人の話は最後まで聞け」


 私はカイゼルドーンを睨んだ。


「魔獣を糧にする、とは、そのまま育てるという意味ではありません」


 私は、これまでの実験の結果などをまとめた研究資料をテーブルの上に広げた。


「理解できるかは分かりませんが、こちらが今までの研究成果になります」

「え、えっと……クラコリズムの毒性における”せいぶつのうしゅく”の可能性…?」


 エレインは文字を読めはするが、内容を理解できてはいないようだった。

 カイゼルドーンは、顎に手を当てて資料に目を通している。


「母と共に長年続けてきた研究の一部です。クラコリズムが何故強い毒を持つのか、可能であればその毒を無毒化できないかと、研究を重ねてきました」

「け、結果はどうだったんですか…?」

「ご覧になったほうが早いでしょう」


 私は視線をゼンに向ける。

 ゼンは、囲いの中から、一匹のクラコリズムを抱えてやってきた。少々苦戦したようで、服が泥で汚れている。


「連れてきたよー」

「ゼ、ゼン様ぁー!?」


 カイゼルドーンがまるで山を転がる巨岩のようにゼンに駆け寄る。


「毒鳥を素手で触るなど正気ではございません! エレイン! 直ぐに解毒剤を…!」

「げ、解毒剤…!? そ、そのようなものは準備がなく……!」

「落ち着け」


 焦り散らすカイゼルドーンとエレインに言う。


「ゼン、どう? 毒で痛む?」

「全然」


 ゼンは凄まじい表情をしたまま固まっているカイゼルドーンの脇を抜け、エレインの元までクラコリズムを運んでくる。


「エレイン、撫でてあげて」

「え、え、あ、はい…」


 エレインの手が、クラコリズムの頭を撫でた。クラコリズムは心地よいのかキュウと短く鳴く。


「か、可愛い―――…」

「抱いてみる? ちょっと大きくなっちゃって、少し重いけど」

「ゼン様、よ、よろしいのですか!?」

「はい、どうぞ」


 ゼンはエレインにクラコリズムを渡す。

 エレインの膝の上にクラコリズムが乗り、キョロキョロと周囲を見回し始めた。


「わぁ…! わぁぁぁあ!」


 エレインは優しくクラコリズムを抱き締める。ふわふわの羽毛にその顔を埋めた。

 分かる。抱き締めたらそれをやりたくなるよね。


「エレイン、どうですか?」

「すっごくふかふかです!」

「野生のクラコリズムに同じことをしたら、即座に蒼星行きですよ」

「えぇ!?」

 

 驚くエレインだが、残念ながら事実だ。


「ゼンも、エレインも、蒼星へ旅立っていないことが研究の成果です」

「……有り得ん……」


 カイゼルドーンは腕を組み、今までに見たこともないほど深く眉間にシワを寄せていた。


「別の鳥なのではないか…?」

「緑と紫の巨鳥が、この魔獣の他にこの地いると?」

「う、ううむ…」


 カイゼルドーンは唸りながら、野外テーブルの席に戻る。


「し、しかし、この毒鳥をどうするつもりなのだ? 見世物にでもする気ですかな?」

「活用についてはまだ研究段階ですが、現在、最も実用化が近い資源は毒腺から抽出した獣避け成分です」

「獣避け…?」

「はい。クラコリズムの毒には特有の匂いがあります。この匂いを香水にすることで、クラコリズムの毒を知る魔獣を遠ざける効果がございます。オブドルフ様にもご協力いただき、実用化への実験を進めている段階です」

「オブドルフが最近姿を消していた理由は、これか…」

「オブドルフ様からは獣避けの有用性について好意的なご意見を頂いております」


 獣避けに関しては、商品化まであと一歩という感じだった。

 もう少しオブドルフが実地試験をしてくれれば十分な実験結果が集まる。


「鳥そのものは?」

「肉と羽根、それと革を得られるかと。加工法を確立できれば腱や骨も利用できるのではないかと考えています」

「魔獣の肉と、その素材か…」


 カイゼルドーンは天を仰いだ。


「とても市場に流通させられるものではないぞ…。羽根や革は好事家が欲しがるかもしれんが、肉はな…」

「倫理的な壁があることは承知しております」


 そもそも魔獣を食べようという発想が、普通の人にはない。

 私にとって魔獣は鹿やウサギと同じ生物だが、普通の人にとっては、容赦なく人を殺す忌むべき怪物なのだ。


「しかし、魔獣ならば同じ魔獣に襲われることも少ない。この地で育てられる家畜として、この毒鳥には可能性がある、か」

「仰る通りです」

「………なるほど、わかった」


 カイゼルドーンは立ち上がる。


「魔獣を糧にする、その意味が理解できましたぞ」

「ご理解いただけたのならば幸いです」

「このような手法があるとは、思いもしませんでしたわい」


 太陽の光を照り返すカイゼルドーンの頭皮に、岩のような手が乗った。


「この老骨も、その可能性に一枚噛ませて頂こう」


 私は眉をしかめる。


「どういうことですか?」

「魔獣の素材を得られたとして、それを加工できる業者が無くては商品化が進みますまい。幸い、王都の老舗武具屋と旧知でしてな。魔獣の素材の加工を引き受けてもらえるかもしれませぬ。話をしておきましょう」

「それは助かりますが…」

「それから、辺境領主代行として、この計画に資金の提供をさせていただきましょう。その対価として、この牧場で得られた素材を格安でお譲りいただく契約を―――…」

「失礼ながら」


 私はカイゼルドーンのよく回る口を止めさせる。

 そして、首肯して視線を促す。

 その先には、いつの間にか席から離れてクラコリズムを撫で回すエレインと、撫で回されるクラコリズムにその辺に生えていた野花を食ませるゼンの姿があった。


「この牧場の経営者は夫です。ビジネスのお話は、夫としていただけますか?」

「なんと!?」

「抱きしめて振り回さず、お茶でも飲みながらゆっくり話をして下さい。できれば、二人っきりで」

「………」

「でも、気をつけて下さい。私の夫は、に似て野心家ですよ」

「はは、ははははは! 左様でございますか! このカイゼルドーン、両眼が曇っておりましたわ! ティーゼン坊ちゃまは、まだこんなに小さいかと思っておりましたが―――…そうですか…坊ちゃまが、牧場を…」


 カイゼルドーンの目に、涙が滲んでいる。


「ドロウ様の夢を、叶えてくださったのですね…」

「………」


 結果的にそうなっただけで、ゼンにそんな気持ちはなかったはずだ。

 だからこれは、リングエンド神の思し召しなんだろう。

 なーんて、そうやって全部神様のお陰にして、上手く纏めて終わろう。

 今夜は、今夜だけは、私の夫を、このハゲに譲ってやろうと思った。

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