ホウボク

 獣避けの実験から数日後、ついに研究所の隣に牧場が完成した。

 私とゼンでは囲いを作るだけで精一杯で、真の完成など程遠いようにも見えたが、の助力を受け、クラコリズム用の厩舎まで完成に漕ぎ着けることができた。

 牧羊犬ほどの大きさまでに成長した無毒化クラコリズム6羽を牧場に離すと、彼らはこれまでの狭い室内から開放された喜びから、飛び回り跳ね回り走り回っている。あまりに元気が良すぎて、完成させたばかりの柵を破壊しないか不安なほどであった。

 私達は二人で、駆け回るクラコリズム達の様子を眺めている。


「そういえば、ここは誰が管理するの?」

「私とゼンで管理するに決まってる」

「え!? ボクも!?」

「だって、私達は二人しかいないし」


 オブドルフは本業で忙しいはずだ。昨日まで勤務をサボって手伝いに来てくれていたので、仕事の山に圧殺されているに違いない。


「ゼンだって、執務はカイゼルドーンに投げっぱなしだから暇でしょ?」

「ま、まぁ、そうだけど…」

「ただし、名義上の管理者はゼンにしておきます」

「ボク!?」

「私は研究で忙しいから。クラコリズム達をよろしくね」


 しかし、真に重要な書類などはゼンが目を通し、領主として最終決定をしなくてはならないため、ゼンだって全く仕事がないわけではない。

 まぁ、その時は私が世話をすればいい。

 二人なら、何とか世話して育てていけるだろう。

 これ以上数が増えてくると厳しいけれど…。


「うーん、これでボクも牧場主か…。これもリングエンド神の導きかな。実はちょっと憧れてたんだよね」

「そうなの?」

「魔獣さえ居なくなれば、平原に大きな牧場を作るんだって、父さん言ってたから。お前のために牧場を残してやる、俺の仕事を継げば、お前は牧場主だぞ! って」

「あの人らしいね」


 これも決して大きな牧場ではない。おまけに、育てているのは魔獣だ。

 これが商売として上手くいくかは、まだまだ未知数である。

 私としては、ここは実験場としての意味合いが強い。


「そうだ、この子達に名前つけようか!」

「それは止めたほうが良いと思う…」


 最終的に育てているクラコリズム達は全員肉と羽根と革になる予定なのだ。名前など付けたら情が移ってしまうに違いない。

 その時、大きな馬車が研究所の敷地の前に止まったのが見えた。

 頼んであった厩舎へ飼料用の麦や、寝床となる藁を運んで来たのだろう。


「リオ、荷受けしてくるね」


 私は首肯し、ゼンの背中を見送った。


 ゼンの父親―――…ティードロウ男爵には、何度か会ったことがある。

 最初に出逢ったのは、ボロボロのゼンに肩車し、村へ戻っていた時だった。

 ゼンを捜しにやってきたティードロウ男爵は、血塗れの私と、怪我のショックで意識朦朧としている息子を見るや、その異名に違わぬ速さで駆け寄り、私達二人を担ぎ上げて村へと戻った。

 私は突如現れたティードロウ男爵を人さらいかと思い、道中ずっと背中を殴っていたのだが、全く効いていなかったようだ。

 ゼンの手当が終わるまでの間、血塗れのまま待つ私に「なかなかいい拳だったぞ小娘。肩こりが治ったわ」と笑いながら言っていたことを憶えている。

 剛毅で豪快な、気さくな武芸者。それが、男爵に対する私の第一印象だった。

 あの巨漢がゼンの父親だなんて、露ほどにも思わなかった。

 私がゼンを手に入れるための、最も大きな障害だと思っていたが、一昨年にあっさり病気で亡くなった。

 

 背後に草を踏む音がした。

 ゼンかと思い、振り返る。


「ふむ、これは牧場ですかな?」


 ハゲの大男がダランと力を失ったゼンを抱えて立ち尽くしていた。

 カイゼルドーン、ランドフォーク三騎士の一人。

 あるいは、”火柱”のカイゼルドーンと呼ばれる。現在この辺境領を実質的に統治している男だった。


「お、お久しぶりでございます、リオネッタ様」

「エレイン…」


 さらに、大男の背後に隠れるように、小柄な使用人の娘が顔を出す。

 ランドフォーク家の使用人、エレインだ。ゼンの幼馴染の根暗な女である。


「ティーゼン様を誑かし、何をしているかと思えばこんなものを作っていたとは」

「今すぐ夫を離しなさい。さもなければ、ここで死人が出ますよ」

「これは失礼。久々にお会いした嬉しさから抱き締めたままでしたな」


 カイゼルドーンはそう言って、ゼンを開放する。

 ゼンがへにゃりと草の上に倒れたので、素早く駆け寄って状態を見るが、単に目を回しているだけのようだ。脳みそが筋肉で出来てる連中にありがちな、過剰なスキンシップが原因のようだ。


「ご無礼をお許しください、


 口調こそ穏やかに言うが、カイゼルドーンの目は飢えた戦士のようだった。


「それで、一体何の用ですか?」


 カイゼルドーンに睨み返すと、その視線を切るようにエレインがしゃしゃり出てきた。


「さ、最近、ゼン様が私財を使って木材や家畜用飼料を大量に購入されていると、懇意にしている商人からお話いただきまして、それで、その視察を、と」

「夫が個人の資金で買ったものにケチをつけるのですか?」

「い、いえ! そのようなことは決して! た、ただ、カイゼルドーン様は、その…あの……」

「エレイン、別に気を遣わなくていいわ。言って頂戴」

「…カイゼルドーン様は、ゼン様が貴女に騙されているとお考えなのです…。あの、だから、ある程度ゼン様とリオネッタ様を自由にさせて、動かした資金の流れを調査して、それで、ここまで来た、という次第で…」


 私が強い口調で促すと、絞り出すようにエレインは言った。

 なるほど、と私は思う。

 思ったよりも動きがないと思っていたが、どうやらゼンは泳がされていたようだった。

 牧場に放たれているクラコリズムと同じように、ゼンは辺境領という囲いの中に放牧された子羊に過ぎなかったというわけだ。

 そしてこのハゲは、この私を若き領主に身体を売って取り入りその財産を貪り喰らおうとする野狐だと考えている、と。

 客観的に見ても、まぁ、うん。さもありなんという感じではある。

 私のような村八分された爪弾き者が、いきなり男爵の嫁になったのだから。

 どうせ村でも変な噂が立ってるに違いない。


「なるほど、お話は分かりました。それで視察というのは、具体的に何を?」

「え、えっと、そ、それは…」


 エレインは迷い、カイゼルドーンに視線を送る。

 カイゼルドーンは優しくエレインを下がらせた。


「この牧場がどのようなものかご説明いただければ結構です、奥方様」

「貴方のような武芸者に、私の計画が理解できるかは分かりませんが―――いいでしょう。説明いたします」


 私は牧場がよく見える野外テーブルに、ハゲの大男とエレインを案内した。


 

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