コウサク
「いち、にー、さん…。うえー! まだまだかかるよ、これ!」
ゼンはブツブツと呟きながら、買ってきた板材を地面に立てた杭に組み付けていた。
朝から作業して、まだ柵の一面しか完成していない。
この調子では、柵だけでも完成まで4日はかかる。
4日の間に、あの雛鳥達が2mの巨体に成長してしまうとは思わないが、それでも既に子犬の大きさだ。程なく母犬の大きさを越えるだろう。
「お父さん、頑張って~」
「まだお父さんじゃないですけど!」
私は雛鳥の面倒を見ながら、ゼンの工作を眺めている。
彼は雛鳥達を育てるための囲いを、研究所の隣に建ててくれているのだ。
昨日、私がこっそり雛を孵化させてしまったのを見た彼は、その日の内に牧場に必要な材料を買い付けてきた。
「リオ、この作業は一人じゃ無理だよー! 人を雇おうよー!」
「私達、結婚したばかりでお金ないもん。ねー?」
ぴよ? と首を傾げる膝の上の雛。
毒腺を取り除いた雛は、仮説通りに気性が温和となり、人に慣れるようになった。
ちなみに、取り除いた毒腺は獣避けの開発に有効利用した。試作品は完成し、後は試してみるだけなのだが、誰かテスターになってくれる人は居ないだろうか。
「きゅ、休憩…休憩だ……」
疲れた身体を引きずって、ゼンが戻ってくる。
私は野外に膳えた机の上にコップを置き、井戸の水で冷やした薬草茶を注いだ。
「はい、お疲れ様」
「ありがと…。はぁ~…冷たくて美味しい」
しばし、二人で野外テーブルでお茶会を楽しむ。
以前は、ここに母もいた。
病で亡くなってしまうその日まで、私と、ゼンの間に座って、私達に色々なことを教えてくれた。
今は、そこには誰もいない。空席があるだけだ。
私はふと思い立ち、母の椅子に座り直した。
「え、あ…」
「こっちのほうが近いから」
「う、うん…」
一席分ゼンと距離を詰めて、彼の手を握る。
慣れない工作でボロボロの指にそっと触れた。
そのまま、指と指を絡める。
「ちょ、ちょ、リオ」
「別にいいでしょ」
私は、ゼンの瞳をじっと見つめながら、さらに距離を詰めた。
「あのー」
間延びした声が、私とゼンの間を遮った。
私は眉を潜めて振り返る。
「どなたですか?」
そう言いながら視界に入ってきたのは、無精髭の男。
ランドフォーク家に仕えし三騎士の一人、オブドルフだった。
「オブ! どうしてここに!?」
「いやぁ、お屋敷が居づらくなっちまってね。エレインに訊いたら、ゼンはこっちに行ったみたいだっていうもんだからさ」
そう言いながら、オブドルフは私の家の敷地にズカズカ入り込み、こともあろうか野外席の一角に腰を降ろした。
ここは私の家なのに。ここは私の家なのに!
「先の顔合わせは少々忙しく、ご挨拶できておりませんでしたので改めてご挨拶を申し上げます、リオネッタ様。ランドフォーク家三騎士が一人、オブドルフです。どうぞよろしく」
ヘラヘラと笑いながら名乗る騎士オブドルフ。
口上はまともだが態度が悪い。
「言っときますけどね、俺はどちらかといえば、ゼンとアンタの結婚にゃ反対してねぇんだ」
「どちらかといえば?」
あまり気に入らない言い回しだ。
「そう険しくなさらんでくださいよ、奥方。俺はね、ゼンには王国のそこそこな貴族の娘を嫁にもらって、その親から援助してもらうなり、そっちの領地に越すなりして貰えたらいいなって思ってたんですよ。そこに、急にどこの馬の骨とも知らない娘を嫁にするって言い出されたら、ねぇ? 驚くのも無理ないでしょ?」
「………」
それはそうかもしれない。
ゼンが普通の貴族だったなら、それが最善の道筋だ。
「だからな、ゼン。俺はどちらかといえばお前に怒ってる」
「えぇ!?」
「何もかも急すぎだ。お前は根回しってモンを知らねぇのか?」
「いや、だって…こういうのは勢いだって父さんが…」
「そこで親父似なのかよ」
オブドルフは苦笑した。特別苦い虫でも食べたような顔だった。
騎士オブドルフ。
ランドフォーク家先代、ティードロウ男爵に仕えた三騎士の一人。
ティードロウ男爵が、まだ”旋風のティードロウ”と呼ばれていた大戦の頃、親を魔族に殺された孤児を一人、弟子にしたという。
若き弟子は剣の才を発揮し、ティードロウの持つ剣技の全てを会得し、大戦が終わるその日まで、その左腕として仕えた。
そして、今に至る。
彼の話は、ゼンから何度も聞かされている。
まるで年の離れた兄弟のような間柄だと、きっと誰もが思っているだろう。
「先に話してくれてたなら、あの二人を何とか抑む方法もあったんだがなぁ」
「オブ…」
「どうして肝心な事を俺に相談してくれねえんだよ。寂しいぜ」
「………ごめん」
ゼンは顔を伏せた。
たしかに、オブドルフの言う通りだ。何もかも急過ぎた。
彼に結婚に関して相談していれば、もっと穏便に事が進んだだろう。
けど、ゼンを急かしたのは私だった。
何故ならゼンは私のものなので。
お義兄様の意見は訊いていませんので。
「まっ、俺からの恨み言は以上だ。こいつ、度胸も甲斐性もねぇ癖に変なところでまっすぐ突っ走るところがあるんで大変ですが、面倒見てやって下さい、奥方」
「承りました」
因縁を過去へと吹き流し、未来を吹き寄せ、今を生きる者の為にその剣を振るう。
旋風を継ぎし者、オブドルフ。
案外、さっぱりとした気持ちのいい人柄だった。
「で、だ」
「う、うん」
「ここからがこの話のキモなんだが、カイゼルの爺さんと、プオルの奴をどうする?」
「う、うーん…」
「あの二人のことだ、それぞ陰湿な絡め手と実力行使でお前と奥方の仲を裂こうとしてくるだろうな」
「今度は一人ずつ話し合って、どうにか認めてもらうのは…」
「爺さんの方は話の持って行き方次第じゃどうにかなりそうだが、プオルの方は無理だろうな。奥方が挑発し過ぎた。多分、次に顔を合わせた瞬間殺しに来るぞ」
「ひえぇ」
あの程度でキレてしまうとは、なんと器の小さい女だろうか。
「ちなみにだけど、奥方は自分から頭を下げる気あります?」
「どうして私が頭をさげなくてはならないのか、よくわからないのですが」
「うん。ですよね。うん」
オブドルフの裏工作も虚しく、平和的解決の道は絶たれた。
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