カチクカ

 翌日、やつれ果てたゼンが研究所にやってきた。


「リオ、あれから大変だったんだよ…」

「うん、見ればわかる」


 ハゲとチビを宥めるのに、丸一日かかったらしい。

 そして結局、二人の賛同を得られることはできなかったとのこと。


「どうしよう…」

「どうしようもこうしようも、あの三騎士に、私達の結婚についてとやかく言う権利ないでしょ」

 

 ランドフォーク家の当主はゼンなのだから、ゼンの一声で全てが決まる。

 配下が何を言おうと問題ない。


「そうだけど…リオと皆が仲良くなってくれないと、ボク、寂しいよ」

「私は仲良くしているつもりなんだけどな」


 少々戯れが過ぎてしまったか。

 しかしやってしまったことは仕方ないので、ベッドの上でゼンをギュッと抱きしめる。昨日は”ご報告”があったのであまり一緒に居られなかった。その分、今日は逃さないつもりだ。


「ところでリオ」

「ん~?」


 ゼンを吸ってここからしか得られない栄養素を補給していた私に、本人から声がかかる。


「どうやって魔獣でこの地を豊かにする気なの?」

「んー…」


 ゼンには少し、昨日考えた作戦を説明しておいたほうがいいだろう。

 けれど、もう少しゼンを吸っていたかった。


「魔獣をなんやかんやどうにかするー…」

「………リオ」


 腕の中から、するりとゼンが抜け出して行ってしまう。

 温かい感触がすっぽりと抜けて、身体が冷めていく。

 不満を堪えて、私もベッドから起き上がった。


「手始めに、家畜化計画を始動してみようかと思ってる」

「あれ本気だったの!?」


 ゼンが驚く。

 というか、ゼンも私の話を与太話だと思ってたのだろうか…?


「本気も本気だよ。あの毒鳥は、雛の時には毒を持たないし、本来気性も大人しい」


 毒鳥クラコリズム。

 大源森に住まう緑と紫の美しい巨大鳥。

 雑食性のこの鳥は、動物でいうと鶏に近い種だった。

 ただ、その大きさが半端じゃない。最大で全長2mにもなる。

 人はその嘴の一突きで、頭蓋に穴が開けられて死ぬだろう。

 それだけではない。何よりこの鳥は猛毒を有していた。毒線と呼ばれる器官を持ち、羽毛の下から毒液を噴出する。

 羽ばたきと合わせて噴出すれば、それは猛毒の霧となり、あらゆる者を毒に冒して死をもたらす。

 一つ幸いな事は、この毒が致死性のものでも腐食性のものでもなく、数時間以内に血清を投与すれば解毒できるものだということだ。 


「連中の毒は食性に影響するんだ。大源森の毒虫なんかを食べてるから、強い毒を持つようになる。つまり、無毒の飼料、例えば麦なんかだけを食わせて育てれば、毒化しない」


 大源森の深部の個体であればあるほど強い毒性を持つのは、この食性に影響するためだと私は結論づけていた。

 大源森の深部に潜んでいるヤバい毒虫や毒の実ばかりを食べているから、体内に蓄積した毒が強力になっていくのだ。その証拠に、平原付近に出没するクラコリズムの毒性は明らかに低い。

 加えて、毒の強さが気性に影響するらしく、毒の弱い個体は気性も穏やかのだ。

 これはまだ仮説だが、体内に蓄積した毒は彼らにとって完全に無害なものではなく、僅かながらにストレスを与えているのではないかと考えている。


「でも、あんな大きな鳥、飼うには大きな柵が必要になるよ」

「そうね」


 おそらく、馬と同じ規模の牧場設備が必要になるだろう。

 しかし、メリットは大きい。

 まず、その肉だ。

 毒化している肉は食べた瞬間に死神がやってくるが、無毒の肉は恐ろしいほど美味。淡白な見た目だが、焼く事で濃厚な脂が染み出す肉厚の腿など最高だ。味は鶏肉に近いが、やや竜に似る。しかし最大の特徴は、その柔らかさにある。竜の硬い肉とは比べ物にならない。噛めばそこから肉が次々に解れ、隠した脂が染み出してくる。

 これは絶対に美味い。

 毒だから皆絶対に食べないが、死んでもいいから食べてみて欲しいと思ってる。

 次に、羽根。

 緑と紫の丈夫な羽根は、自らを毒から守るために強力な撥水性を持つ。羽毛で外套を作れば、あらゆる水を弾くだろう。加えて、その二色が織りなす美しさも、既成の品には無いものがある。

 魔獣であるが故に、その皮革も丈夫で軽く、皮革と羽根を利用して作った外套は、王都の貴族たち向けに高額で売りさばけるのではないかと考えている。

 最後に、その毒だ。


「毒も利用するの!?」

「うん」


 この毒には、特有の香りがある。毒性と香り、この二つで毒鳥は他の魔獣から身を守っているのだ。

 魔獣であろうと、この鳥から毒を吹きかけられればただでは済まない。故に、多くの魔獣が、僅かに香る毒の匂いでこの鳥を避ける。

 ならばこの毒の香りを獣避けにはできないだろうか?


「毒性のない餌で育てたクラコリズムであっても、毒腺から独特の匂いを放つ。だから、獣避けになるんじゃないかって思ってるの」

「なるほど…」

「なんだったら、雛鳥の内に毒腺を切除してしまってもいいわ。そうすれば無毒化できるし、気性も荒くならない。肉よりも早く獣避けが手に入るし」


 元々、この毒腺を取り除く手術は血清を入手するために行っていた。母が研究資金調達の為に、解毒薬を作っていたのだ。

 母から習った私も毒腺を取り除ける。手先が器用な人に教えれば、そう難しくないのではないかと思っている。たぶん羊の去勢より簡単だ。


「そこまで聞けば、確かに、商売にできそうな気はするけど…」

「けど?」


 私は首を傾げた。

 この計画に、どんな懸念点があるというのだろうか?


「どうやって雛を入手するの…? 平原に住んでるやつを捕まえてくるの?」

「そんな事したら、毒霧を吹きかけられて全滅するよ」

「え、じゃあどうするの?」

「卵を盗めばいいよ」

「えぇ!?」

「慣れれば簡単だよ」


 大きさは、大体ゼンのお尻くらいだ。抱えて逃げられる。


「あの、それはまるで、もう盗んできたかのような言い方だけど…」

「うん」


 その時、ぴよぴよと物置小屋の方で可愛い声が鳴き始めた。

 餌の時間だ。

 固まっているゼンに向けて、私は小さく舌を出した。できるだけ可愛く言って押し切ろう。


「もう、生まれちゃった」


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