異国へ行く

第2話 実(みのる)の事

 田畑実たばたみのるは、農業を営む両親の背中をを見つつ弟と2人で育った。住んでいるのは〇〇市という名ではあるが、みのるの家は山が近くにある、いわゆる田舎町であった。昔は栄えていたであろう商店は扉を閉ざし、町を行きかう人もまばらで、隣町に向かう車が通るぐらいの道がある場所であった。

 みのるは地元の高校卒業後、両親の後を継ぎ、農業をするべく農業が学べる大学へ進学した。ここでみのるは勘違いをしたのだが、みのるの選んだ大学は農業実務より研究が主体で作物の交配や寒暖地を考慮した新種の開発、食品加工が主であった。

 大学へ通い始めて、みのるは気づいた。『あれ?田植えの時期だと思うのだが』。みのるの大学では田植えはしない。田植え前の苗をどう育てるかの研究である。

 紆余曲折ありながらも実は、肥料の使い方、肥沃ひよくな土地や荒蕪こうぶな土地での農業、寒暖地での農業を学び、選択科目であった加工では『発酵』で『こじ』なのど菌類に興味を示し、研究に参加していた。ある時、朝食に納豆を食べたことを忘れ、味噌研究に参加し、味噌を台無しにしたのが、研究での思い出であった。


 みのるは大学卒業後、地元に戻り、農業関係の会社に就職した。両親が健康であり、自分は手伝い程度でも大丈夫だろうという両親の言があったからだ。地元の会社では大学の研究を活かせる訳もなく、営業に精を出し、就職してから3年が経っていた。

 営業に出ていたみのるのスマホに母親から連絡があった『父親が死んだ』と。トラクターで田んぼに向かい、土手から落ちたそうだ。いわゆる農業事故だ。

 葬儀が終わり『田んぼや畑をどうするのか』の話になるのだが、みのるは仕事を辞め、農業を継ぐことにした。みのるは1ヶ月後、会社を退職し、アパートも引き払い、実家へと帰ってきた。父親の残した土地は、昔なら大地主と言われるであろう30町歩。いわゆる野球ドーム6個分ぐらいであった。父親の田畑一たばたはじめは祖父の残した田畑を受け継ぎ、自身も農業で生計を経てるべく近所の田畑を買い集め、今の規模に拡大していた。その他にも近所の休耕田も作付けしているので、全部で40町歩はあると思われるが、機械がなければ作付けできない広さであった。

 みのるの家には、トラクター、コンバイン、乾燥機、田植え機、フォークリフト、その他色々と揃っている。一式を一度に揃えると高級車が何台も買える金額になるとかいわれる農業機械たち。免許が無ければ乗れないので、実家に戻った実は、免許を取得するために免許学校へ通うことにした。1ヶ月後、免許を取得した実は、機械を駆使し、広大な田んぼを耕し、田植えをし、草刈りにと精を出した。慣れない仕事で疲れもするが、世話した分だけ、稲や野菜たちは大きく成長し、自然を相手に作業する喜びも感じていた。


 みのるは農作業が暇な冬場、大学での研究を活かし、自家製味噌を仕込んでいた。畑で採れた大豆を水につけ、煮て、潰して、麹菌の培養は管理が大変なので市販品にし、塩を加え、樽に隙間なく入れ、重しをした。半年もすれば良し悪しが分かるだろうと倉へと仕舞った。

 それと、地ビールならぬ自ビールを作る。自分で飲むビールだが、広大な農地はあれど、流石に麦とかホップは作っていないので、ビール製作に必要な材料を購入して仕込みになる。温度管理とか面倒なところがあるが、元は研究者であるみのるに苦労はない。材料を入れた鍋を火に掛け、冷まし、温度管理しつつ熟成を待ち、ビンに詰めて出来上がりだ。

 ビールのお供は、夏場に収穫した枝豆と冷奴。茹でて冷凍保存しておいた枝豆を解凍し食べる。冷奴は自家製大豆に市販のニガリを加えた自家製の豆腐で薬味として、これも自家製のミョウガをのせてある。やはりビールには枝豆と冷奴だなとみのるは思うのであった。


 みのるの実家では形の関係で出荷できない野菜は漬物にしていた。作り方や味は時代で少しずつ変わってきているが、みのるの実家に伝わる主な漬物は、ハクサイ、カブ、ダイコンとそれぞれ塩漬けし、しんなりしたぐらいで漬けなおす。ハクサイはトウガラシ、ナンプラー、ニンニクなんかを入れてキムチにし、カブは鷹の爪を輪切りにしてザラメを加えて甘辛風に、ダイコンは干してタクアンにしていた。


 5年が過ぎ、みのる一端いっぱしの農業従事者になっていた。雪が解け、暖かくなって田んぼも乾いて来た頃、みのるはトラクターに乗り、田んぼの耕うんに出掛けた。夕方まで作業して、今日は終わりという頃、田んぼを上がり、あぜ道を家へと戻っていく途中で、めまいに襲われ、みのるの意識が暗転した。

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