何気ないもの

@Malaike_28

何気ないもの

 何かがおかしい、何かがおかしい。

こんなの間違っている、こんなの間違っている。こんなのありえない、こんなのありえない。そっか、これは夢なんだ、これは夢なんだ…。

         ***


 ずっと黒く濁った泉がある。永遠に湧き出ている。これはなんだろう…… 。何も知らない迷い込んだかわいい子羊のような「私」が右手で泉の水を触ろうとする。すると、その手が折れた。骨折。後から状況が分かり、次第に痛みが増してゆく。いたい、いたい、いたい、いたい、いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい。

 しばらくして、動かなくなった手の応急処置をした。よくわからなかったし、できなかったかもだけど。

なんだこれ。泉からは大きなうめき声が聞こえた。とても悲しくて、寂しくて、この身は空っぽな気分になる。最悪だ。空虚だ。傲慢だ。怠惰だ。鬱陶しい。うめくなよ。


         ***


 うめくならば、それ相応の努力という対価が欲しい。泣くならば、それ相応の困難に立ち向かった証と勝利を。後悔するならば、それ相応の困難に立ち向かえなかった奴らの力の過信と敗北にすぎない…。かわいそうにと同情を寄せることができない、妥協しかできない可哀想な人タチ。

 そう、こいつは思っている常日頃から。見守ってもいるし、見おろし、見下したりもするそんな自由勝手なやつだ。

 そんなやつが出会ったのは、かわいい子羊のような姿で「ここ」に迷い込んでしまった人だ。何もわからなそうな顔をしている。第一印象は最悪に近いかもしれなかった。

 

        ***


 「私」がいつから「ここ」にいるのかわからなかった。そもそも「ここ」は何処なのか。そうして、濁った泉とずっと向かい合ったままどのくらいか過ぎた頃。

 やつがやってきたのだ。第一印象は最悪だった。怖いもん、見た目が、見た目が。細身だというのになにかとゴツゴツしていて、黒いスーツを一応まとった感じの怪しいオーラ全開の人だった。

 話せるのかわからずに戸惑っていたところ、あっちから話しかけてきた。話せるんだ。 


「くひひひひひひひひひひひ。間抜けなおまえさんよォ、一体なんのどいつで、どっから来たんだよ。」


「先にあなたから名乗ってよ。対応がなってないのね、あなたは。」


やつも会話するのが久しいばかりか、人との距離の詰めかたがだいぶ怖くなっていることに気づかされた。そして、見た目が可愛らしい子羊にもかかわらず、強気な態度なのは驚かされた。


「今の態度、は良くなかったかもな。私はここに住んでいる“悪魔”と呼称されているものだ。どうぞお見知りおきを。」



         ***


 とてもびっくりした。意味がわからなかった。悪魔なんて存在するのか。いや、いるはずがないだろうと思っていた。


「私は新井。」


「どうぞ宜しくな、新井さんよ。」


と悪魔はさっきのとは別人格のようにやつは優しく会釈をした。とても執事っぽかった。


「本当に、悪魔なの。」


「くひひひひ。先程、そこの泉でお怪我をされましたよね。そちらを治して差し上げましょう。」


一瞬だった。目の前が光に包まれて、それが収縮して終わった。目の前の右手は動かせるようになっていた。


「悪魔なのかはわからないけど、とりあえず今は、信じてみます。」


新井の心情は信頼と安心で50%、不安と疑心でもう50%だ。


「なんでここに悪魔が。」


怯えるように問いかける。


「それは、偶々ですよ。くひひひひ。さっきの泉を見れば、なんとなくわかるんじゃね。」


 とりあえず、泉をのぞいてみる。さっきのうめき声が私に囁いてくる、悪魔のように。うううううううううううううううううううううううううううううぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

 何を言っているのか周りにはわからないだろう。しかし、私にはわかった。私だけがわかったのだ。急に汗が噴き出てきた。呼吸も乱れていく。何もかも乱してゆく。

 だって、それは、私自身なのだから。


         ***


 冬。とても寒かった日だった。親は自分ごとのように心配そうな顔をしながら凍えた手を握ったまま、励ましてくれた。とっても心も体も温かくて、勇気をもらった。


「いってきます。」


「いってらっしゃい。」


 私はこの日のために全てを捧げてきた。とても緊張した。結果はもう出ていて、それを自分の目で見るだけなのに、何故か勝手に緊張してくるという疑問を感じながら目的地へと向かった。足取りは重かったかもしれないし、軽かったかもしれない。そんなことお構いなしだった。

 そこに目をやる。みた。見た。ミタ。あれ…。無い。あれだけ探したのに、見つからない。なんで。わからない。目の前が急に真っ暗になった。体は空虚、幸せそうな声だけが通り抜ける。悲しい。おかしい。狂いそう。今までの努力は報われなかったのだ。そう考えると、涙はゲリラ豪雨のように溢れてきた。感情なんて置いてけぼりだった。まるで複雑に混ぜた複数の絵の具のように黒くそして明白に一つひとつの色として体を成していたようだった。

 その後はどう帰ったのかわからなかった。でも、その様子を見た親は形相を変えて、私に永遠のような時間寄り添ってくれた。そんな温もりの中眠りに落ちていったところだった。


         ***


 思い出してしまった。パンドラの箱を開いてしまった。こんなの思い出したくなかったのに。ああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ。

 私は混乱している中ふと思いついた。そう、ここには悪魔がいる。なんでもできるはずの。


「私は頑張ったのに対価は払われていないと思うの。だから、」


「ダメだ。本当におまえは”努力“したんかァ。後悔するならばそれ相応の困難に立ち向かえなかった過信と敗北したのに過ぎないのだよ。」


 意味がわからない。


「貴方にそれをいう権利はないはずよ。私はちゃんと努力したのよ。それなのになんで、こんなのおかしいに決まってる。」


泣きそうになる。悔しい。殴りかかりそうになる。


「うわあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」


そんなの無謀だって分かりながらも、弱々しい拳で悪魔を殴った。なぐるなぐるなぐるなぐるなぐるなぐるなぐるなぐるなぐるなぐるるなぐるなぐるなぐるなぐるなぐるなぐる。


 何分経っただろうか。それくらい長い時間殴った感じがした。悪魔はその間何も動じずにわたしの拳を受けてくれた。


「………。あんたを立ち直らせる気はない。逆にオイラと契約して、永遠に奴隷になってもらうのもいいんだぜ。ずっと後悔しながらなァァ。くひくひくひ。」


 励まそうとしているのか、悪魔が笑いそうな笑い方で悪魔は契約を持ちかけてきた。


「そんなの絶対嫌だわ。面倒ごとしかなさそうだしね。でも、もう少し『ここ』にいたいのだけれど。」


「くそ、わかったヨォ。」


         ***


 「ここ」は夜という概念があるのか、星空が見えるようになった。とても地球ではみれないほどの星など恒星などあった。さまざまな色合いが光っていて、飴玉にも見えた。

 悪魔は気遣ってくれたのか、私を一人にしてくれたみたいだ。ずっと、気の抜けたまま寝転んでいた。どうしよう。あのことを思い返すと帰りづらくなっていた。「ここ」がある意味1番生きやすい場所で、やつも私にとって同じく、そうなっていることに気がついた。感情がぶつけられるのはやつだけだったのかもしれない。そうぼっと生きている。

 ここにずっといていいのかもしれない。


 そう頭の中で通り過ぎた。争うことのなく平和な「ここ」。今更だけど、意外にも地球に未練なんてないのかもしれない。そう差し伸べられる微笑んだ悪魔の手が浮かぶ。

(まぁ、何してくるかわからない悪魔がいるけどね…。)

 

「諦めろよ…こんなの。」


近くでそういってくるやつ。


「おまえくらいしかいないよ、ちゃんと面で話せるやつ。だからさ。居ようと思うんだここに。」


「いいのか、親もおまえを失った悲しみで苦しむことになるんだぞ。それでもいいのか。」


「悪魔らしくないこと、言うなよ。」


とても驚いた。まるで人間が言いそうなことをやつは口にしたのだ。実に悪魔らしくないことを言うもんだから、失笑してしまった。


「あーはっははっはは。悪魔ごときがそんなこと言うんじゃ、私もやってやるわッ。ここでじっと黙ってなさい。」


対抗心が湧いた。こんな人間でもないやつに負けたくねぇと。

「ここ」に対して大きくほざいてみる。


「じゃァ、そうしてみろヨォッ。」


 私は勢いよく啖呵を切った。この言葉は澄んだ夜空にまで大きく、長くこだましていた。


 私は「地球」へと旅立つことにした。あのあやふやでぼやぼやな「ここ」から。

ふわりと、ひとっ飛びだった。


         ***


 目が覚めた。とても永い夢を見ていたようだった。あの悪魔はなんだったんだろうな。当事者自身の私もよくわからない夢だった。

 少し踏み出すのが怖かった。でも、あんなようにはなりたくないから、勢いよく布団から飛び出した。ドンと低く大きい音が響く。下にいるはずの親たちなんて関係ない。気持ちも悪魔が人間と契約をする時のようにうきうきに弾んだ。今日は何ができるだろうか。階段をどてどてと降りた。親たちはとても驚いた様子だった。


「おはよう。あと少し寝ててもいいんだよ。」


「もう大丈夫だよ。私だって、やっていける。」


「あとね、不思議な夢を見たの…。よくわからない夢を。」



 まだ、冬の細く少しだけ暖かい日差しが窓から部屋に差していた。

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